「名古屋ではIT系の求人倍率が8倍ほど。しかも、その多くは大手にいってしまう。とにかく人材が確保できない」と、ジー・ソフトの野口義時・代表取締役社長は人材不足の状況を説明する。IT系人材は全国的に不足傾向にあるが、なかでも製造業が好調な東海地域は深刻だ。人材の確保は、ITベンダーの将来を左右する重要な経営課題といっても過言ではない。そこで野口社長は、IT業界の未経験者に着目。派遣ビジネスを手がける子会社を受け皿として、エンジニアとしての適性を本人とともに確認することに取り組んでいる。(取材・文/畔上文昭)
リーマン・ショック時に独立
野口義時
代表取締役社長
名古屋市に本社を置くジー・ソフトは、設立が2009年7月。08年9月のリーマン・ショックの影響により、世界の経済が大混乱に陥っていた時期である。創業者の野口社長は当時、名古屋のSIerでウェブ系システムの開発に携わっていた。
「当時に勤めていた会社はリーマン・ショックの影響が少なく、安定はしていたが漠然と将来への不安を抱えていた。そのまま働き続けることはできたが、起業するなら市場が厳しい状況にあるときがいい」と考え、野口社長はジー・ソフトを設立。起業してすぐに経営を安定させるのは容易ではない。少しでも景気がいいほうが、経営を安定させやすいと考えるのが一般的だ。
ところが野口社長は、「市場が厳しいときに、起業時の厳しい時期をあわせれば、市場の回復とともに業績を上げていけるのではないか」という逆転の発想でリーマン・ショックをチャンスと捉えた。
とはいえ、当初は想像以上に厳しい状況だった。「起業から1年間は、売り上げがほぼゼロ。生活費を稼ぐために、アルバイトもやった」という。厳しい状況を経て、景気回復とともに、少しずつ事業が軌道に乗っていく。「起業時に入居したインキュベーション施設の『あいちベンチャーハウス』で経営を学んだり、その後に入会した日本情報技術取引所(JIET)でもアドバイスをもらったりしたことで、経営を軌道に乗せることができた」と、野口社長は当時を振り返る。
最大の経営課題は人材確保
野口社長は、20年までにジー・ソフトの社員数を50人にしたいと考えている。社員数にこだわるのは、「少人数の体制では、何か起きた時の代わりがいないため、対応できない。そんなギリギリの状態では、社員を守ることができない。経営を安定させるには、50人は必要だと考えている」ためだ。
とはいえ、人材を確保するのは全国的に難しい状況にある。好調な製造業を背景にIT投資が旺盛な東海地区では、さらに人材確保が厳しい状況にある。
そこで、野口社長は派遣サービスを提供するジー・スタッフを設立。データ入力などのIT業界未経験者でも対応可能な現場に登録者を派遣し、本人の希望と適性を判断し、ジー・ソフトのエンジニアとして登用することに取り組んでいる。「IT業界に興味はあるが、本人に自信がなく、まずはできるところから経験してみたいという声がある」と、野口社長。派遣先での業務を経験することにより、適性を判断しやすくなる。こうして、ジー・ソフトでは人材不足を乗り切ろうとしている。
ちなみに、ジー・スタッフの登録者は約50人になるという。
自社サービスを新たな柱に
ジー・ソフトの事業は、半分が受託開発で、半分がSES(System Engineering Service)という二本柱の構成。「名古屋で成功したい」との想いから、首都圏を避け、名古屋の案件にこだわってきた。ジー・ソフトのパートナーも、多くは名古屋を中心拠点として活動している。「みんなで力を合わせて、ともに成長を続けていきたい。みんなで儲けたい」。
二本柱の事業は今後も注力していくが、野口社長は新たにソリューションパッケージやサービスの開発・販売を手がけようとしている。
「東京五輪後として、ポスト2020がキーワードになっているが、市場が冷え込む可能性は十分にある」と野口社長は厳しい状況になることを想定している。自社のパッケージやサービスを開発し、ストックビジネスとすることで、収益の安定化を目指す考えだ。