かつてシステムインテグレータという商売に20代半ばから二十数年ほど携わっていた。ある時、通信キャリアサービスの開発に二次請けとして関わり、その過酷な労働現場を目の当たりにしたことから、先行きに疑問を感じ、当時数億あった売り上げを投げ捨てて、システムインテグレータから足を洗うことにした。その後、ミドルウェア製品のライセンス販売を手掛け、この数年はクラウドサービス事業への転換を図るべく、あがく日々を送っている。
この事業転換の流れのなかで一番厄介だったのは、技術作業という労働力の提供からサービスというかたちでの技術の提供へと変わるためのエンジニアたちの意識改革であり再教育であった。また、多くの売り上げを失い財務的に困窮するなか、社内からは事業方針の転換に批判的な声も多く、それが原因で退職する社員も少なからずいた。ただ、あのままシステムインテグレータを続けていたなら、私自身、今このIT業界に止まっていることはなかったように思う。
このような話をする気になったのは、十余年にわたりシステム構築・運用管理に従事してきたエンジニアたちを数名採用することになり、彼らの意識改革と再教育という課題に再び直面しているからである。彼らはそれぞれ異なる会社からSES契約で派遣されていた30代から40代のエンジニアで、契約で働き続けることに先行きの不安を感じたことから弊社へ転職の相談にやってきた。聞けば、所属していた会社がSES事業の縮小を図っていること、派遣現場では新しい技術の習得が難しいこと、就労時間枠で管理されるため親の介護など自己都合への柔軟な対応が許されないことなど、いろいろと悩みがあるようだ。そういえば、先日、知己の社長からSES事業からの転換を図りたいが、それに備えるための技術者の再教育が難しいという話を聞かされたばかりである。
私が所属する業界団体では、若年層のためのIT教育については盛んに議論されるが、中年層のエンジニアの再教育問題は議論される気配もない。急激な市場の変化に対応するためのIT企業改革には、中年層のエンジニアの意識改革を促し、新たな技術の習得を目指す再教育環境を整備し、柔軟な働き方を許容する枠組みを整備することこそ危急の課題ではないか。
一般社団法人 みんなのクラウド 理事 松田利夫
略歴

松田 利夫(まつだ としお)
1947年10月、東京・八王子市生まれ。72年、慶應義塾大学工学部管理工学科卒業。94年から山梨学院大学経営情報学部助教授に就任し、現在、同学部教授。2000年11月、きっとエイエスピーを設立し、代表取締役社長に就任。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。