政府の「AI戦略」として、AIを使いこなす人材を毎年25万人育成するという目標が掲げられた。理系、文系を問わず、全ての大学生がAIの初級教育を受けられるようにすると共に、社会人向けの専門課程を大学に設置するそうだ。現役の大学生に聞いてみるがいい。そんな教育を担える教員が今の大学にどれほどいるか。
また、AIを学ぶには、少なくとも理系大学2年生レベルの基礎学力が必要だと思うのだが、そのような準備のない文系の学生にどのような内容のものを教えるというのだろうか?多くの大学が、高校1、2年生レベルの学力にも達しないまま入学してくる学生たちの学習支援に苦慮している。その現実を知る者として、何を根拠にこのように楽観的な目標設定をされたのか理解し難い。
1979年に東京で開催された国際人工知能学会に参加したとき、先端的AI研究者の中に米国で学んだインド系研究者が多いことを知って驚いた。その後、米国の先端的IT企業とのビジネス交流を広げる中で知り合った経営者たちの多くが、インドや中国、韓国などのアジア諸国出身者であった。米国はこれらアジア諸国から留学生を数多く受け入れることによって、優れた技術者の層を厚く積み上げてきた。そして、米国で成功したアジア諸国からの留学生たちが母国に開発拠点を据え、コストメリットを生かして米国でのビジネス展開を推進したことにより、アジア各地域での技術水準が押し上げられる結果となった。
実際、知己のインド系IT企業の多くが、米国の先端IT企業の開発・保守・運用管理等の下請け業務を数多くこなすことによって、IT人材の質的向上を果たしている。
AI技術人材の育成で米国や中国に大きく引き離されてしまったわが国にとって、今優先すべきことは、並みの技術者を無闇に増やすことではなく、才能溢れる技術者をできるだけ多く国内に集積することではないか?そのためには、AI先進国である米国や欧州諸国はもちろん、中国やインドなどから優れたAI企業を誘致し、優秀な研究者を積極的に招聘するような大胆な施策が必要になる。
優れた人材を育てるには、日常的に優秀な人材と共に学び、切磋琢磨して働く環境が必要である。そういえば韓国の友人が言っていた、「サムスン電子の成功は東芝を退職した日本人技術者たちのお陰だ」と。
SENTAN 代表取締役 松田利夫
略歴

松田 利夫(まつだ としお)
1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。