自社の成長に力を注ぐとともに、IT業界の発展に貢献してきた経営者たち。
役割を終え、退任の時を迎えた彼らは、どのような思いを抱いているのだろうか。
任期中の出来事などを振り返ってもらい、これまでに描いてきた軌跡をたどる。
ERPのフロントウェアを開発しているチームスピリット創業者の荻島浩司・前代表取締役CEOが2023年11月27日付で退任した。1996年にチームスピリットの前身となる受託ソフト開発のデジタルコーストを起業。人月単価に縛られた業態で成長を持続させるのは難しいと判断し、SaaSベンダーへと業態を大きく転換させた。11年にERPフロントウェア「TeamSpirit(現チームスピリット)」サービスをスタートさせ18年に株式を上場。直近では1800社余りのユーザー企業を獲得するまで成長させた。創業社長の起業から退任までの思いを聞いた。
(取材・文/安藤章司)
技術変化のタイミングで交代
――創業社長である荻島さんが何の役職にも残らないのは、何か理由があるのでしょうか。
創業社長が健康問題などで、ある日突然に辞めると大きな混乱になってしまいますからね。創業者がいなくなっても成長を持続させられるように、経営体制や企業ガバナンスの体制を整備し、最後に社長を交代して次の世代に事業を完全に託したいと考えたのがその理由です。会社を継続させ、大きくしていくには、それなりの時間がかかるので、18年に株式上場してからずっと持続可能な経営体制の確立に取り組んできました。今後、私は株主の立場で見守っていきます。
チームスピリット 荻島浩司 前代表取締役CEO
チームスピリットの主力商材であるERPフロントウェア「チームスピリット」は、SaaS方式で販売しており、23年8月期の年間経常収益(ARR)は33億円余り、過去3年間の年平均成長率は15.6%でした。業績のよいタイミングでトップ交代するのも大切なことですので、今のタイミングを選びました。
――荻島さんは1960年の生まれで、まだ還暦を過ぎたばかり。人生100年時代と言われるなか、現役を退くのは少々早いのではないですか。
意思決定権を持つ顧客企業の幹部の方と年齢が離れすぎるのは、営業面で不利だと常々感じていました。新しい技術トレンドが次から次へと生まれてくるIT業界では特にそれが顕著です。
直近ではAIを実装したシステムへの移行が急ピッチで進んでおり、この技術トレンドの変化のタイミングで若い世代に経営のバトンを渡すのが最適解だと考えました。
私がチームスピリットの前身となる会社デジタルコーストを96年に設立してから08年頃まで受託ソフト開発を生業としていました。私はまだ30~40代で、当時の客先の意思決定者がおおよそ50代。あと10年もすれば客先の幹部の方々の世代交代が進み、私より年下になってしまう。受託開発のビジネスはとても好調でしたが、人間関係に依存する割合が少なからずあり、顧客幹部との年齢差の問題が表面化する前に、自社SaaSを軸とする会社へと業態転換した経緯があります。自社SaaSを主体としたビジネスモデルであれば、SaaSという商材が前に出るので、多少、年齢がいっても戦えると踏んだわけです。
下を向いている暇はなかった
――受託ソフト開発からSaaS事業へ業態転換を行うときに、どのあたりがいちばん困難でしたか。
受託ソフト開発のビジネスが順調であった分、成功するかどうか分からないSaaS事業への転換は勇気がいりました。ERPの前に置いてビジネスを可視化したり、分析したりするフロントウェアの市場が拡大すると分かってはいても、SaaS方式は開発費用の何百分の1の月額料金でサービスを提供します。損益分岐点を超えるまでが大変で、6年間赤字でした。
それでも、11年にSaaSを始めてからは、もうやるしかないので、下を向いている暇なんてありませんでした。損益分岐点を超えるためにがむしゃらに前へ進みました。
――直近ではARRが33億円を超えていますので、結果的に大成功でしたね。
SaaSは、人的資本経営を実践するのにとてもよいビジネスモデルです。受託開発をしているときは、開発人員の頭数で売り上げが決まってしまいますが、今は製品の「チームスピリット」が人の代わりに日夜働いて稼いでくれていますからね。人を「資本」と位置づけて、投下した資本の何倍も稼げるようにする人的資本経営のモデルに近づけたと思っています。
受託ソフト開発では、人はあくまでも「人的資源」なので、稼ごうと思ったら人をより多く投入して、長時間働くしかなく、利益を増やすには給料を削らなければなりません。働きがいのあるモデルにならないと思ったのも業態転換した動機の一つです。
当面は“家事見習い”
――2代目の道下和良代表取締役CEOに期待することは何でしょうか。
彼はパッケージソフト、SaaS、そしてAIの各ビジネス領域を経験するなど、その時々の技術トレンドに非常に柔軟に対応できる方です。ぜひチームスピリット製品にAI技術を組み込み、AIによってより多くの価値を創り出してほしい。あと、私の代ではERPフロントウェア事業の“一本足打法”でしたが、収益の柱を複数つくって経営をより安定させるとともに、海外市場への進出にも期待しています。
――荻島さんはこれからどうする予定ですか。
まだ何も考えていませんが、当面は“家事見習い”をします(笑)。私が起業したとき、妻には初代経理部長として働いてもらい、その後も苦労をかけました。家事の仕事を分けてもらったあとは2人で旅行に出かけたいですね。
――最後に社員やパートナー、顧客に対するメッセージをお願いします。
顧客や社員、ビジネスパートナーがチームスピリットのサービスを必要としてくれたことに深く感謝しています。これからも新しいサービスを開発し、市場や技術トレンドの変化に応じて組織や経営体制を刷新し、顧客とともに成長していくことを願っています。