自社の成長に力を注ぐとともに、IT業界の発展に貢献してきた経営者たち。
役割を終え、退任の時を迎えた彼らは、どのような思いを抱いているのだろうか。
任期中の出来事などを振り返ってもらい、これまでに描いてきた軌跡をたどる。
安間裕氏が、8月末で米Avanade(アバナード)日本法人の会長を退任した。社長、会長として約9年間を過ごした同社での日々は「偶然を味方にできた」と振り返る。自らを「助けられ上手」と称し、社員とともに会社の成長を実現。グローバルの中でも結果を残してきた。ITの役割が大きく変わりつつある中、若い世代に経営のかじ取りを託し、新たな一歩を踏み出している。
(取材・文/齋藤秀平)
きれいにバトンが渡せた
──8月末で会長を退任されました。今の率直な気持ちを教えてください。
ほっとしたとか、肩の荷が下りたとかの気持ちは少しはあります。幸いなことに比較的きれいなかたちでバトンが渡せたので、そういう意味では、心配せずに済むという気持ちのほうが近いです。
米Avanade日本法人 安間 裕 前会長
私は1点集中型の目標に向けて生きてきたわけではなく、各場面で「こんなふうになったら人生が楽しくなりそうだな」ということを選択してきました。外資ITベンダーの社長になりたいと思ったことは一度もありませんでしたが、提供される偶然を味方にすることができたと思っています。
──このタイミングでの退任には、どのような理由があったのでしょうか。
9月で64歳になりました。一般的にまだ若いと言われます。ただ、世の中の面白いものを見に行くためには、それなりの体力が必要です。もう少し会長をやろうかなとは思っていましたが、元気なうちに仕事を一休みして、時間をつくりたかったので、コロナ禍が落ち着きそうだと分かった時点で鈴木さん(鈴木淳一社長)に退任の話をしました。
──ビジネス面の理由についてはいかがでしょうか。
今までは、ビジネスの要件を誰かが考えて、ITはその要件を実現するための手段となっていました。つまり、ITは縁の下の力持ちであり、大道具や小道具という立場だったわけです。しかし、そういった時代はもはや終わりました。ITとビジネスが並列的に進化するようになり、ITの位置付けは大きく変わっています。そのようなことを声高に語っていたにも関わらず、どうしても自分の中で「ITはツール」という考えが体の隅々まで染みこんでいました。ITが今後、加速度的に進化していくことが予想される中、柔軟に考えたり、未来のことを自らの問題として捉えたりできる若い人が経営に携わるほうがいいと判断しました。
いい会社であることを大切に
──社長と会長で約9年間、アバナードの経営に関わりました。どのようなことが印象に残っていますか。
毎日が楽しかったわけではありませんが、全体としてはめちゃくちゃ面白かったです。さきほどITが進化していくとの話をしましたが、ひょっとすると過渡期の入り口の9年間だったかもしれませんから。印象に残っていることはたくさんあります。例えば、過去にグローバル25カ国の中で、日本法人が売上高で1位を獲得したことは印象的でした。グローバルの会議で理由を説明したところ、出席者から拍手が起こりました。私は褒められるのが好きなので、とても気持ちよかったです。
──会社の成長に対する貢献についてはどのような認識を持っていますか。
私が社長になったときと比べると、社員の数と売り上げは大きく伸びました。とはいえ、「私のおかげで成長した」とは全く思っていません。自分で言うのも何ですが、私はだめなやつです。けれども、まあまあいいやつなので、社員が「助けてやるか」と思ってくれました。私がこういう組織にしたいというより、社員が「こういう組織がいい」「こうなるべきだ」と考えてくれたことが成長につながったと思っています。
──ほかに経営者として大切にしてきたことはありますか。
売上高や利益を伸ばすことはもちろん大切だと思いますが、それよりも、いい会社であることを大切にしてきました。経営者が絶対に守らないといけないのは、働いてくれる社員に対して、安心して暮らせる対価をお支払いすることです。社員を幸せにすれば、株主やお客様も幸せになるので、社員に「この会社にいたら面白い」と思ってもらえれば、会社としては絶対にうまくいくと実感していました。
三位一体で楽しい仕事を
──退任後はどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
日本は少子高齢化の時代になっているので、高齢者も何らかのかたちで社会や労働生産性の向上に貢献していかないと、日本という国そのものが成り立たなくなるとみています。そういう状況に鑑み、シニア層の経験が生かせないかと考えており、その部分について、ある会社の支援をしています。今のところビジネスの世界から完全に切り離されていないので、時間を持て余すことなく楽しんでいます。
──プライベートでは何かやりたいことはありますか。
私は管楽器を触るのが趣味です。しばらくできていなかったので、時間ができたらやろうと思って掃除したり、結構なお金をかけてオーバーホールに出したりしましたが、時間ができたといっても、やらないですね。それでも、もう少し触っていたいとは思いますが。あと映画やミュージカル、落語を鑑賞することも好きなので、やりたいことはたくさんあります。
──最後に社員やパートナー、顧客に対するメッセージをお願いします。
アバナードの仕事は、社員だけではできないので、パートナーやお客様と三位一体で楽しい仕事をつくっていただきたいです。私は助けられ上手なので、いろいろな場面で社員やパートナー、お客様にたくさん支えてもらいました。関係していただいた皆さんに対しては、心から感謝しています。