米ドロップボックスは今、変革の時期にある。「Dropbox」は、なんでも入る「魔法の箱」としてのクラウドストレージサービスから、より多様な使い方に耐えうるコラボレーションツールとしての役割が求められ、企業としても新たな成長曲線を描くタイミングに直面している。そんな中、日本法人Dropbox Japanのトップに就いた梅田成二社長は、Dropboxが「現場力を上げるツール」である点に価値を見出し、その可能性をさらに広げていくことが市場を切り開くカギになるとみる。新たな魔法は生まれるか。
(取材・文/藤岡 堯、日高 彰 写真/大星直輝)
成長の踊り場からの変革に貢献したい
──社長就任の打診を受けたときの気持ちはいかがでしたか。
「面白そうだなあ」と思いましたね。私は日本マイクロソフトでの最後の5年ほど、OEMメーカーと一緒にマーケティングに関する仕事をしていました。日本のPCブランドが海外企業に買収されていく中、企業がダイナミックにトランスフォーメーションしていく面白さを感じていました。
ドロップボックスは07年にベンチャービジネスとして始まり、どんどんと大きくなっていきましたが、いったん成長の踊り場に差し掛かりつつありました。より「大人」の会社に変わる時期であり、そこを伸ばすための核となる人がほしいという話をいただきました。そういうトランスフォーメーションに自分が貢献できれば楽しいですし、わくわくしています。
「Microsoft Office」もクラウド化を推進していくため、中小中堅のお客様にクラウドを売りに行きましたが、その経験から感じることがあります。マイクロソフト製品は、オールマイクロソフトの環境下だと、ものすごく使い易いですし、メンテナンスを手掛けるIT部門の人がいれば、セキュリティが担保されてフレキシブルに使えます。ただ、中堅中小企業はIT部門の担当を置いていなかったり、クラウドを利用していても、ユーザーを一元的に管理できる「Active Directory」が導入されていなかったりしました。
また、用途に合わせて、ITツールをベスト・オブ・ブリードで選択するほうが都合がいいという人が多いこともわかりました。ドロップボックスでは、そういう人たちに寄り添い、IT部門がいないような企業に入り込むことで、日本全体のITの使いこなしの底上げにつながるのかなという思いがあります。自分自身が知らない大陸があり、そこに入っていくのは楽しいんじゃないか、と感じています。
──新型コロナ禍によるリモートワーク拡大は追い風になったと思います。ただ、感染の状況によって解約が増えるなどの課題はありませんか。
20年4月に緊急事態宣言が出された頃から顕著に伸びています。日本の解約率はグローバルで見ても極めて低く、ほぼ(解約は)ないに等しいくらいの状況です。
海外からもどうして解約率が低いのかと聞かれるのですが、お客様の環境に合うような納入の仕方をしている点がおそらく大きいのでしょう。ただの箱として入れるのではなく、お客様が使っている業務用のソリューションと連携させ、ワークフローの中で最終的にデータが保管される先がDropboxになっている。なので、Dropboxだけ変えようとはならないのだと思います。
100%チャネルファーストで拡販推進
──就任時に発表されたコメントで「(Dropboxには)まだまだ伸びしろがある」としていました。どのような部分が伸びしろだと考えますか。
入社してから、日本、米国、欧州のユーザーを比較してみました。地域的な特性に応じて成長の仕方が違っており、日本は、規模では中堅中小、業種では製造業や文教がまだまだ伸びると見ています。では、どう伸ばしていくかということになります。ユーザーの声を基に強みを挙げると、「使いやすい」「ファイル同期のスピードが速い」「機能拡張がしやすい」の3点が大きいです。この3点があるからこそ、現場ですぐに使いこなせて、効果を出しやすい。ここが差別化のポイントになるでしょう。「現場力を上げるデジタルツール」であることを切り口に広げていきたいです。
そのためには、チャネル戦略が重要です。Dropbox Japanでは前任の五十嵐光喜社長の時代に、「100%チャネルファースト」の戦略を始めました。販売を100%パートナー経由で行う取り組みが効果を発揮し、20年第3四半期から1年でリセラーはおよそ2倍、ハイタッチ営業との協業売り上げの伸び率は約6倍になりました。成功事例として諸外国でも適用することになり、アジアや欧州の一部でも展開され始めています。
──100%チャネルファースト戦略のメリットを教えてください。
二つあると思っています。一番大きなメリットは地域的なカバレッジ。私たちの規模では、全国津々浦々をカバーしようとなると正直限界があり、パートナーに頼らざるを得ません。その分、製品のトレーニングや販売に対するプログラムを提供することで多く売り、スケール感を出したいです。
もう一つは、私たちの製品ではカバーできない機能領域を、パートナーのソリューションで補完していただける点です。例えば、電子帳簿保存法の改正にあたって、Dropboxに格納している伝票を電帳法に対応できる形にしたいという声をたくさんいただいています。現状でもできなくはないのですが、ファイル名の修正などには結構な手間がかかります。そこで、ソフトウェアベンダーにお願いして、ソリューションを拡張機能として作ってもらうこともしています。
自社で機能として備えられればいいのですが、開発拠点は米国にあり、日本市場の規模も踏まえると、必ずしも日本からのリクエストが優先的に、タイムリーに叶えられるわけではありません。私たちの製品に足らない部分を補完していただく意味でもパートナーは非常に大事です。
パートナーの拡大については、三つの軸で進めていこうと考えています。まずは地域をカバーするためのパートナーを増やす。次にソリューションを補うためのISVやSIer。最後は、いわゆるエンタープライズに対応してシステム構築ができるパートナーです。
大企業の案件は商談サイクルが非常に長く、一つの商談でも数年がかりです。最初に評価用として一部門に導入していただいてから、全社共通のデータストレージとして使ってもらうまでに4、5年はかかります。その間、私たちの営業がフォローし続けるのは辛い。また、CRMのシステムなどとの統合、既存のファイルサーバーにあるデータの移行などのカスタムワークが発生するため、規模の大きなSIerとの協業や連携が欠かせません。
日本のノウハウ、もっと世界へ伝えよう
──社内マネジメントの面で、感じていることはありますか。
新しい戦略を打ち出そうとすると、本社の人たちと調整が必要になります。私だけではなく、私の部下もそうですが、海外の人を説得しながら、巻き込みながらやらないと前に進まない部分があります。直接のレポートラインが海外にある人は英語でガンガン話すのですが、レポートラインが日本人のスタッフは、いいアイデアを持っていても、あまり話さないなと感じています。先ほどの解約率の話なども含め、いいノウハウ、インサイトがあるにもかかわらず、あまり話したがらない。もったいないと感じます。
「日本人あるある」なんですが、子どもの頃から「先生の話は終わるまで黙って聞く」みたいな教育を受けていて、先生が喋り出した瞬間に「質問があります!」というようなカルチャーではないんですよね。そのカルチャーを少しずつ変えていきたいと思っています。いろいろなテーマを見つけて、海外のベストプラクティスをインポートしたり、日本から事例を輸出したりして、社内のモチベーションを高め、日本人としてのプライドも維持しながら、いいとこどりができればと考えます。
──社長としての目標をお聞かせください。
もっと大きく、有名な会社にしたいと思っています。元々、Dropboxはなんでも入る「魔法の箱」のような位置付けでスタートしました。そのコンセプトは今も全く変わっておらず、むしろリモートワークの拡大をきっかけに、もっともっと重要になっています。
ただ、箱の中身は一般的なファイル形式だけでなく、ウェブ上にあるSaaSのデータなど、種類が増えています。あちらこちらに溢れるデータを全部収めて、簡単に見つけられる世界を、日本でも身近にしたい。ソリューション連携も駆使して、「魔法の箱」をもっと大きく、使いやすく、見つけやすくしたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
大学院では生産工学を学んだ。ITの力で熟練工の技術やノウハウを分析し、機械が再現できるようにするための研究を続けてきたという。最初に入った製鉄会社でも、人が持つ技術の機械化に関する開発に取り組んだ。一方で、次第に「人の動きを機械に置き換えるよりも、人に機械以上のことをさせる、クリエイティビティをより発揮させるテクノロジーを提供するほうが面白い」と考えるようになる。
英国への留学を経て、IT業界に移り、キャリアを重ねてきた。振り返れば「人をエンパワーメントするツールに携わっていることは一貫している」と感じる。そんな背景を踏まえれば「現場力を高めるツール」であるDropboxに関わることになったことも、必然と言えるかもしれない。「(現場に)『Dropboxを入れてよかったな』と思ってもらえるものを目指したい」。現場から真に支持されるソリューションを提供していく。その思いは決してぶれない。
プロフィール
梅田成二
(うめだ せいじ)
1965年生まれ。89年、京都大学大学院精密工学科修了後、住友金属工業に入社。その後、アドビや日本マイクロソフトでクラウド、デバイス事業に従事。直近では日本マイクロソフト執行役員デバイスパートナーソリューション事業本部長として、モダンPCの普及、Officeプリインストールのビジネスモデル変革などを手掛けた。2021年7月より現職。
会社紹介
【Dropbox Japan】クラウドストレージ大手である米ドロップボックスの日本法人。2022年のスローガンは「現場力上がる、使えるデジタル」。米本社は07年創業。サンフランシスコに本社を置き、世界12カ所にオフィスを構える。ユーザー数は180カ国で7億人を超える。