旅の蜃気楼

情報検索の「先達」に聞きたい

2006/04/24 15:38

週刊BCN 2006年04月24日vol.1135掲載

【本郷発】1996年6月11日、島村隆雄さんが亡くなった。とても残念で、地団太を踏んだ。そのやるせない気持ちは今も、噴き出してくる。考え方や生き方に強く影響を与える人がいる。そんな人は生涯、忘れられない。島村さんはそんな一人だった。さて、このところコラム子は梅田望夫さんの『ウェブ進化論』が投げかけた「こちら側」と「あちら側」の問題提起の虜になっている。そんなおり、『駅すぱあと 風雲録』なる本が届いた。この本は島村さんが創業したヴァル研究所の30周年誌だ。

▼さっそく目を通した。読み終えて、2箇所のページを折り曲げた。1箇所は198ページの「駅すぱあと」を「インターネットで提供して数年になるけれど、そこで利益を上げるのは難しいと思いますね」という箇所だ。しかし「インターネットの情報環境は今後のビジネス展開にさらに重要なファクターとなる」と指摘している。ヴァル研究所は「こちら側」の企業だ。この発言からすると、まだ「あちら側」でのビジネスモデルが作りこめてないようだ。

▼島村さんは「駅すぱあと」を世に送り出した人だ。この基になる考え方は人工知能で、商品名の「駅すぱあと」はエキスパートシステムから命名している。駅と駅の2点間を最短で情報検索する、という問題提起だ。このアルゴリズムは、書籍販売のアマゾンも情報検索のグーグルも同種である。すでにアマゾンは「こちら側」と「あちら側」の双方を取り込んだビジネスモデルを完成させて、「あちら側」の世界で成長している。グーグルはこれまで情報検索というプラットホームを「こちら側」で開発し「あちら側」に提供しながら事業を伸ばしてきたが、今後は「あちら側」で成立するビジネスモデルの構築を進めている。島村さんは「駅すぱあと」を88年に発売し、インフォシークなどが誕生して、情報検索時代の幕が開いたばかりの時に世を去った。「社長の島村がなくなった。55歳という若さだった」(55ページ)。インターネットはアーカイブスの塊である。将来は時空を超えた塊ができる。塊が大きいほど、情報検索が決め手だ。島村隆雄の考えが聞きたい。(BCN社長・奥田喜久男)
  • 1