2025年7月28日、AI開発を手掛けるオルツが公表した第三者委員会の調査報告書は、同社の売上高の大部分が架空だったという事実を明らかにした。同社は、24年10月の東京証券取引所グロース市場への上場前後を含む3年9カ月にわたり、巧妙な循環取引の手法によって、総額で119億円の売上高を架空計上していた。「パーソナルAI」の実現を目指し、市場から評価を得てきた新進企業の不正は、1社だけの問題にとどまらず、ITスタートアップやIT流通におけるパートナーエコシステムそのものの信頼を毀損しかねない。報告書から不正の背景を探る。
(文/藤岡 堯)
オルツは14年11月に創業し、近年はSaaSとして提供する自動議事録ツール「AI GIJIROKU」を主力製品として展開してきた。深層学習や音声認識をはじめとしたAIの要素技術のほか、独自の大規模言語モデル(LLM)などを自社技術として開発・保有し、AI GIJIROKUなどを提供する「AI Products事業」に加え、LLMの技術を活用してカスタマイズしたAIソリューションを提供する「AI Solutions事業」の両軸でビジネスを進めていた。調査会社や金融機関からの受賞歴もあり、順風満帆に成長を続けていたように見える。
米倉千貴氏
一方、内実では、売り上げの極度な低迷に直面していたようだ。報告書によると、AI GIJIROKUの投入を開始した20年には、売り上げが計画を下回る状況が常態化し、月次の預金残高が1000万円を切るなど資金繰りに窮していた。資金調達のために売り上げ実績の創出が課題になる中で、創業者である米倉千貴CEO(当時、25年7月28日付で辞任)が思いついたのが「同額取引」の試みであり、これが後に循環取引につながった。
同額取引は、取引先に対してAI GIJIROKUのライセンスを販売して売り上げを計上すると同時に、同額の営業支援金を支払うという仕組みだった。この手法自体は、当時の監査法人から「売り上げと費用を相殺すべき」との指摘を受け、売上計上が認められなかったものの、そこから米倉氏は売上先と外注先が同一の場合は監査法人から否認されるリスクが高いことを学習。より巧妙な手法として、第三者となる広告代理店を介在させる三者間取引スキームを構築することになる。
このスキームでは、(1)オルツが広告代理店に広告宣伝費を支払う(2)広告代理店がその資金をSP(スーパーパートナー)と呼ばれる販売代理店に移動(3)SPがオルツからAI GIJIROKUのライセンスを購入ーーというステップを踏む。結果として、オルツが支出した資金が売り上げとして還流される。当初は広告代理店とSPが4社ずつ存在し、それぞれが一対のペアとして資金が動くかたちがとられたが、後に広告代理店が一本化され、SPは合計で7社にまで拡大した。さらに、研究開発業者に研究開発費名目で資金を流し、それを循環させるパターンも生まれている。(図参照)。
三者間取引スキームは報告書内で「SPスキーム」と呼称されている。SPは一般的な販売代理店とは異なり、ユーザーを確保する前から一定規模の有料ライセンスが発行され、SPはそれを元にユーザー向けにアカウントを販売する取引のようだ。特筆すべきは、オルツにおいて売り上げが計上されるタイミングが、SPにライセンスを発行した時点とされていたことだ。つまり、ユーザーがいてもいなくても、オルツはSPにライセンスを渡せば、一定規模の売り上げを確保できる。
報告書によると、契約書にはSPに対するライセンスの卸値が記載されているが、SPがユーザーを獲得した場合の取り扱いに関する規定はない。実際、獲得したユーザーから得られる毎月の利用料については、SP側で全額を受け取っていたとの記載もある。これは推測だが、SPははじめから顧客獲得を想定した取引形態ではなく、循環取引を意図してつくられたのだろう。オルツにとっても、SPにとっても、実際にAI GIJIROKUを利用する顧客基盤の拡大は頭になかったと考えられる。
実は、当時の監査法人が、危うい資金の流れを指摘している。22年6月には同一グループ企業への売り上げと広告宣伝費の支出について「資金が還流する余地がある」として、循環取引の疑いを示していた。しかし、オルツ側はこの指摘に対する処置を取らず、この監査法人は22年7月、21年12月期の監査継続が困難であるとともに、22年12月期の監査契約を見送ることを報告した。
監査法人からの指摘に対し、オルツはスキームの形態を変更することで、懸念をかわそうとした。先述の広告代理店の一本化は、同一グループ間での取引という外観を変える手段であり、後任となった監査法人は商流変更によって循環取引の疑義は解消されたと判断。以後、通常の監査手続きで問題を発見することはなかった。研究開発費名目での資金循環に関しては、広告宣伝費の異常な増大を危惧する株主の声を受けて発案されている。この資金は一本化された広告代理店を経由してSPへと支出され、オルツに戻っている。
循環取引は年を追うごとに規模を拡大しており、架空の売上高は最大でおよそ50億円にも及び、財務諸表で示されている売上高に占める比率は22年12月期で91.3%、23年12月期で91.0%に達した。つまり、公表されていた売上高の9割以上が、実体のない数字だったことになる(表参照)。
この間、オルツは投資家や上場審査機関に対して組織的な虚偽説明を続けた。一つの例として、上場が承認された24年9月、主幹事証券会社から追加調査を受けた際、当時の日置友輔CFOらが業務委託契約書の改ざんやメールの文言削除などの証拠隠滅を図ったことがある。オルツは嘘をつき通したまま上場を果たし、投資家は虚構の成長ストーリーに投資する結果になった。
25年4月、証券取引等監視委員会の調査をきっかけに、循環取引の実情が表面化した。報告書に記載された循環取引の影響額は、売上高で119億853万円、広告宣伝費で115億5743万円、研究開発費で13億1300万円に上る。さらにSPスキームによる循環取引とは別に、類似の不適切取引も複数発覚している。バーター取引や売上計上時期の意図的な操作など、組織的な不正会計の実態が次々と明らかになった。会社の実態は不透明なままである。
不正に至った原因として、報告書は売上拡大や上場への強すぎる志向、経営陣の「誠実性」の欠如、内部統制・ガバナンスの不備などを挙げる。規模の拡大を早急に追うあまり、それ以外の、会社としてあるべき姿が、ないがしろにされていったとしか言いようがない。
加えて報告書では「最先端の事業に対するバイアス等の可能性」も指摘する。AIという最新テクノロジー、SaaSという実体のない製品を扱うIT企業の成長プロセスを適切に把握するのは難しい上に、事業が社会にもたらすインパクトへの期待が、不正を判断する上での妨げになっていたのではないだろうか。これはメディアにとっても重く受け止めるべき話である。
7月30日、オルツは8月31日付での上場廃止が決定し、合わせて民事再生法の申請も発表された。今後はスポンサーを探し、その支援によって事業再建を目指すことになる。上場から1年足らずでの不正発覚、上場廃止、そして倒産の危機。今回の事例は、企業における内部統制やガバナンスの重要性を伝えるとともに、そして何より、企業が真に追い求めるべきものは何かを考える契機となるだろう。
不正を見抜く視点、加担しない価値観を
期待の国産AIスタートアップが、上場からわずか10カ月で株式市場からの退場という異例の事態。この結末を迎える前に、どこかのタイミングで誰かが見抜くことはできなかったのかと残念でならない。上場にあたっては幹事の証券会社や証券取引所による厳格な審査があり、四半期ごとに開示される決算資料などは監査プロセスを経たものとされる以上、投資家は上場企業の発信する情報を正確なものとして受け止めるのが当然だ。不正行為の主体となったオルツの幹部が最も重い責任を負うのは当然だが、不正を見抜くプロであるはずの監査法人や証券関係者も、批判は免れないだろう。
そして、今回の事件をめぐっては、私たちメディアも厳しい視線にさらされる立場であると承知している。本紙のニュース記事は中立的な立場から客観的な事実に基づき制作しているが、週刊BCNの過去の紙面において、オルツが発表した虚偽のユーザー数などを報じてしまった事実は消えない。
先進的なテクノロジーを活用したビジネスの世界には、きらびやかなビジョンの陰で不正がうごめく事態がしばしば発生する。過去には、「携帯電話の中継局を運営する代理店の募集を開始した。回線が使われれば通信料に応じたマージンを支払う」「仮想空間の土地を先行して開拓することで将来的に大きな利益が期待できる」などとするビジネスを展開した事業者が、詐欺で摘発されたことがあった。今でも、記者の携帯電話には「当社の新たな暗号資産事業について紙面で取り上げてほしい」といった、見知らぬ人物からの着信が絶えない。
そのような一見して実現性が疑わしいもうけ話とは異なり、今回のオルツの不正はいかがわしさに気付くのが難しかった事案だが、IT市場においてますます過熱するAIへの興奮が、記者の見方に何らかの影響を与えた可能性は否定できない。いかに革新的に見える話題でも、取り扱いに当たり冷静な視点を失うことのないよう、あらためて気を引き締める所存である。
そして、今回問題となった架空売上の計上は、オルツ1社だけで成立したものではなく、代理店を通じたライセンス販売というパートナービジネスの枠組みを悪用した行為であったことにも注意しておきたい。本紙読者には、販売代理店の立場で事業を営む方々が大勢おられると認識している。万が一、他社から不公正な取引を持ちかけられた場合、そこにいくばくかの利益が見えていたとしても、加担してはならないことは言うまでもない。また、製品やサービスを提供するメーカー側も、いかに高い業績を上げた代理店でも、売り上げに反則行為が含まれていれば一切評価しないという価値観を掲げてほしいと考える。今回の一件で明らかなように、不正の先にはビジネスの破滅しかない。
(週刊BCN編集長 日高 彰)