北斗七星

北斗七星 2006年9月11日付 Vol.1153

2006/09/11 15:38

週刊BCN 2006年09月11日vol.1153掲載

▼民俗学者・宮本常一の生涯を描いた「旅する巨人」(佐野眞一著)を、最近、再読した。民俗学の泰斗とされる柳田国男が「紋付、袴に白足袋をはき、農政官僚や朝日新聞論説委員の肩書きをもって、日本列島を〝治者〟の眼差しで旅した」のに対して、宮本常一はゲートルばきで生涯16万キロを歩いた。ひたすら自分の足で歩き、泊めてもらった民家は1000軒を超えたといわれる。

▼評伝を読み進むうち、心の片隅にずっと引っ掛かるものがあった。それは国が進めるIT化戦略の脆さ、危うさである。外務省が鳴り物入りで推進したパスポート発行の電子申請は、一冊あたりの発行費用が1600万円にも達し、廃止の憂き目に陥っていることは先週の本欄で既報したとおりだ。電子自治体についても、同じようなことが起きている。霞ヶ関の論理では「自治体のスリム化に伴う負担軽減には、電子申請が必要不可欠」となる。だが、住民と直接に接する市町村の窓口担当者は、自治体のサービスの真髄はヒューマン・コミュニケーションにあることを肌で感じている。中央官庁の官僚が頭の中で考えた政策は、間違いではないかもしれないが、現場との意識ギャップは常につきまとう。

▼物事は、鳥の眼だけでなく虫の眼で見なければならないとよくいわれる。宮本常一は、学者の世界では低い評価しか与えられなかった。しかし、文学界や財界など幅広い世界で根強い支持を受けたのは、彼が虫の眼で本質を探求したからだろう。
  • 1