旅の蜃気楼

「木を植えた人」が残した真実

2007/01/22 15:38

週刊BCN 2007年01月22日vol.1171掲載

【本郷発】「納豆」には二種類ある。「甘納豆」と「糸引き納豆」で、両方とも大好物だ。最近、困ったことが起きた。後者の納豆がスーパーの棚から消えたのだ。テレビ番組で、納豆を朝夕食べればダイエットできる、と放映したせいだ。納豆は旨い。炊きたての真っ白なご飯に、どばっとかけて食べる。それが入手困難というからがっかりだ。多くの人が一方向に向かうと、すごい力となって現れる。

▼昨年読んで感動した本がある。きっかけは、新井満さんのエッセイだった。そのエッセイを読んでいて、『木を植えた男を訪ねて』を知った。1996年に白泉社から上梓されたものだ。さっそくアマゾンで検索して購入した。埼玉の古書店からすぐにきれいな本が届いた。ネットはとても便利で、感謝したくなる。本の中身はこうだ。『木を植えた男』はフランスにいた。新井満さんはその男を訪ねたのだ。男の名はエルゼアール・ブフィエ。彼は52歳から南仏の高地プロヴァンス地方の荒地に、カシワの木を植え始めた。87歳までの35年間、黙々と木を植え続けて、1947年に養老院で息を引き取った。89歳だった。カシワの木は繁りに繁って、人々に豊かな恵みを与えた。

▼実は、エルゼアール・ブフィエは実在の人ではない。フランスの作家ジャン・ジオノの著書『木を植えた人』に登場する主人公である。新井満さんはブフィエの木を植える活動のなかに人の真実を見出して感動した。感動のあまり、作家を訪ねて、プロヴァンスの旅に出た。ジオノが執筆にふけった街や部屋を歩くうちに、幻覚でジオノに出会う。人のなかにはいくつもの真実が隠されている。生きるということはそのうちのどの真実を日常の活動で表現するかだと思っている。表現した力には必ず反作用がある。その返す力は即時であったり、10年を経て後に力を発揮する活動もある。ネットの便利さは即時だ。しかしネットの世界を生んだ「モノづくり」はジオノの著作に似て息が長い。感動の商品は瞬時には生まれてこない。一人ひとりの夢のなかで育まれた技術の開花といってよい。毎年1月の「BCN ITジュニア賞」はモノづくりの夢を育む人たちに、エールとともに送りたい。開花が楽しみだ。(BCN社長・奥田喜久男)
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