【熊野発】雨上がりの午後7時過ぎ、田んぼのあぜ道を歩いて熊野本宮の旧社殿跡地の鳥居をくぐった。周辺の稲穂は重そうに頭を下げている。甘い、もやっとした“匂い”が漂う。スピリチュアルな人たちは、ここを聖地と認知している。“気”が強いからだ。ここを最初に訪ねたのは4年前だ。熊野三社を巡って、熊野古道の中辺路から田辺に出た。南方熊楠の生地を見て、紀伊の旅を味わった。熊野本宮はもともと吉野川の中洲にあった。明治22年8月の豪雨で社殿が流され、現在の場所に移った。跡地を大斎原(おおゆのはら)と呼ぶ。今は礎石が残った杜になっている。

▼八咫烏(やたがらす)をご存じだろうか。日本サッカー協会のシンボルだ。足が3本ある烏で、熊野本宮の象徴です。神話では、神武東征の際に熊野国から大和国への道案内をしたとされている。お守りもあります。2010年のワールドカップサッカーの際には、どうぞお求めになって、応援してください。パワーがあります。熊野とは最初の訪問から縁が深くなった。その翌年には、田辺工業高等学校の平松芳民前校長と出会った。その出会いが「BCN ITジュニア賞」の創設へとつながった。この賞は今年のBCN AWARD 2008の授与式で3年目を迎えるまでに育った。全国の優秀なITジュニアたちに、BCN AWARD最優秀企業の人たちとともに、エールを送っている。平松先生は今年校長を退職された。その後は趣味が高じて、プロはだしの素もぐり釣り三昧かと思いきや、そうではなかった。

▼平松先生は「高野・熊野世界遺産登録 プレ5周年記念協賛事業フェスタ」の実行委員長として、八面六臂の活躍ぶりだ。8月23日夜、その一環として大斎場で大きなイベントが催された。和歌山県田辺市の小、中、高校の演劇部員50名が演じる『一遍聖絵物』がそれだ。大鳥居をくぐると、その向こうに舞台が見える。舞台は照明でくっきり浮かび上がっている。目が慣れてくると、暗がりに200名ほどの観客が息をひそめて、子供たちの演じる舞台に見入っている。これがまた素晴らしい演技なのだ。なんだ、もう紙幅がない。この感動は次週にお伝えしようと思う。(BCN社長・奥田喜久男)