旅の蜃気楼

“和ませる達人”と20年ぶりの再会

2008/11/17 15:38

週刊BCN 2008年11月17日vol.1260掲載

【本郷発】「名誉会長に就任します」というはがきが届いた。日本システム開発の東島義澄さんだ。久しぶりに近況を知る。最後にお会いしたのは20年ほど前のことだ。東島さんは1971年5月に会社を創業した。現在の金野良規社長は創業七人衆のひとりである。

▼最も頻繁に東島さんとお会いしたのは80年代半ばだった。BCN Archiveを検索すると、83年7月15日号に「漢字パソコンのための表操作用簡易言語パッケージ『MyCalc(マイカルク)』を4月に発売」とある。当時の企業概要をみるとデータ通信、計算制御・CAD/CAMなどのシステム開発を得意とする、従業員60名、年商8億円となっている。現在は従業員132名、売上高16億3000万円、経常利益8000万円。25年で倍に成長した。業務内容は創業当時から得意な通信、ネットワーク、制御系のソフト開発を中心にして、2000年2月には旅行業システム『Tabasa(タバサ)』を発売し、旅行会社を中心とした業界向けインターネットサイトの企画・開発・運営をスタートさせた。新卒者を毎年10名余り採用して、常に新しい技術にチャレンジしている。

▼こう書き綴ると、“やり手”の経営者像が浮かび上がってくるが、意外にそうではない。BCNの83年12月5日号のコラム『江戸一』(『旅の蜃気楼』の前身)によると、「東島さんは面と向かっていても、半日でもじっとしたまま、居住まいを正しておられる人ではないか」とある。20年ぶりの東島さんは、相変わらずであった。物静かな口調、問いかけには、もぞもぞと語り、重ねて質問すると、「はい、そうなんですよ」と物静かに言葉が返ってくる。会話のなかで最も積極的だったのが、「最近、秋田駒ヶ岳にお登りになったでしょ。読みましたよ。だんご3兄弟のコラム」。おや、読んでもらっているんだ。「毎号、旅の蜃気楼から読んでいます」「ありがとうございます。次回はぜひご一緒しましょう」。東島流人づかい術は、褒め上手で乗せ上手なのかもしれない。どうも、あの間合いに引き込まれてしまう。25年前のコラムも同じような内容の文章で筆を納めている。人となりとは味わい深いものだ。(BCN社長・奥田喜久男)
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