旅の蜃気楼

奥穂高、ひと足早い冬を迎えて

2009/10/22 15:38

週刊BCN 2009年10月19日vol.1305掲載

【奥穂高発】紅葉の気配が色濃い上高地から、安房トンネルを抜けて新穂高温泉に向かう。人の少ない閑散とした停留所でバスを降りたとたん、ぶるっと身体を震わすほどの寒さ。10月10日は台風が日本列島を去った朝だ。どうもこれを境に天候が変わったようだ。今日の宿泊地は山の奥だ。歩き始めてほどなくすると、予想通りの雨。ゴアテックスのカッパを着る。このカッパさえあれば、怖いものなしだ。いつも快晴を願いながら登山口に向かうのだが、どういうわけか、今年の山の旅は雨続きだ。そのおかげで、雨への対応は速い。雲足を見て、降るなと判断したら、ザックからカッパを取り出し、さっと着る。晴れたと思えば、さっとしまう。慣れると対応は速くなる。さて、先を急ごう。

七竈は寒さに耐えて赤い実を残す

▼左俣谷沿いにわさび平小屋で最初の休憩。50分歩いて10分休憩。誰が決めたか定かではないが、「小学校の授業と同じだから、皆さん納得できるでしょ」。中高年登山の先達になった岩崎元郎さんはそう語って、休憩の根拠について教えてくれた。これを聞いて、いたく感心した。山に登ると体力を消耗する。歩く時間が長くなるにしたがって、疲れが増す。疲労は個人差があって、いつ休憩するかはまちまちだ。それを誰もが経験している基準にあてはめたわけだ。とても納得した。

▼わさび平小屋から雨足が強くなった。黙々と歩いて鏡平小屋に着く。晴れていれば、鏡池の湖面に槍ヶ岳の姿が映って、実に美しい。山の四季折々を湖面で味わうという贅沢な瞬間だ。今回は雨のせいで、ただの池。冷え込みが増してきた。霰のようだ。遠くに赤い実が見える。七竃(ななかまど)だ。葉っぱは枯れ果て、細い枝が寒さに耐えながら、赤い実を名残のようにつけている様が可憐だ。火にくべても燃えないと、山の先達から聞いた。双六小屋に着いた。広いテント場には20張ほどが立っている。テントのフライは白い。ここは冬だ。寒いわけだ。双六小屋に泊まる。【つづく】(BCN社長・奥田喜久男)
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