米Anthropic(アンソロピック)が、生成AI市場を席巻している。日本法人の東條英俊社長は、高い性能だけではなく、設計思想の根幹に据えた安全性と信頼性が競争力になっていると分析する。その価値を日本企業のAI実装へと広げるかぎが、パートナーとの連携だ。パートナー自身が「Claude」を駆使して知見を蓄え、「カスタマーゼロ(0番目の顧客)」となることを起点に、企業変革をけん引する。
ツールが業界標準に
――ビジネスの現状はいかがですか。
最新のモデルの性能を高く評価してもらっています。さらに、「Claude Code」や、エンジニアではないホワイトワーカー向けの「Claude Cowork」をはじめ、MCPやAgent Skillsのようにオープンな技術として寄贈したものを含め、業界の標準になってきています。考え方やプロダクトが非常に幅広く受け入れられていると感じています。ユーザー企業による利用も進んでおり、みずほフィナンシャルグループや楽天、LINEヤフー、メルカリなどの事例を公開しています。
日本市場向けに三つのことに取り組みました。一つめはエンタープライズ向けの営業や技術支援の体制づくりです。業界に沿った言葉で提案やユースケースのお話ができるようになるなど、お客様との会話がリッチになりました。二つめに、パートナーエコシステムを重視しました。米国と違い、国内ではシステムの構築はSIerに依存しているからです。まずは、NEC、日立製作所、富士通、野村総合研究所といった大手のSIerと関係を築き、エンドユーザーにClaudeの良さを伝えてもらう体制をつくっています。三つめはデベロッパーコミュニティーの支援です。イベント開催や担当者の採用など、なかなか目には見えないかもしれませんが、草の根の活動を展開しています。
また、メジャーな3社のクラウドサービスプロバイダーの基盤上で、最新のモデルをすぐに利用できる環境が整っています。日本のお客様はデータのロケーションに対するリクエストの水準が高いですが、「Amazon Bedrock」で国内推論を実現しています。また、4月に発表した「Claude Security」は、「Claude Mythos」(脆弱性の発見能力に優れた限定公開モデル)を使えない環境でも、「Claude Opus」をベースに既存資産の脆弱性をかなり発見できます。
――「Claude Mythos 5」と同水準の性能で一般提供された「Claude Fable 5」は、米政府の安全保障上の理由で、日本では一時、アクセスができなくなりました。国内ユーザーへの影響や、安定的な提供ができなかった状況をどう受け止めていますか。
指摘はあまりいただいていません。お客様には丁寧に説明しており、「Haiku」や「Sonnet」「Opus」といったモデルがアクセスできなくなったわけでもないので、お客様の業務上のコンティニュイティーは問題なく保たれています。通常、新しいモデルが出ても、ユーザーはすぐプロダクションに使うわけではなく、最初は同じプロンプトで違いが出るか試験します。なので、きちんと提供される状態になったらまたプロダクションに使おうという、非常に建設的な会話ができています。
――Amazon Bedrockでは米OpenAI(オープンエーアイ)のモデルも提供されるようになり、市場環境が変化しています。
あまり意識しておらず、できることを愚直にやるということに尽きます。企業に安全かつ安心して使ってもらえる、強力なモデルを開発するということです。お客様には新しいモデルにどんどんアクセスしてもらうことで、他社ではなくClaudeがいい、という結論になればいいと考えています。
レガシーモダナイズの解決策
――Claudeがエンジニアから支持されている理由は何でしょうか。
文脈を理解する力が特徴で、さまざまな言語で書かれたソフトウェアやシステムのコードベースを理解する能力が圧倒的に高いです。また、長時間、自律性を持って、エージェンティックにコーディングを行うことも挙げられます。与えられたタスクを理解し、サブエージェントに細分化してAIがチームとして動く機能は、誇るべき強みです。
エンジニアはClaude Codeを(コマンドラインの)ターミナルから使いますが、ホワイトワーカーにはハードルが高いです。そこでClaude Coworkは、非常に分かりやすいUIでつくられている一方、裏側の挙動はClaude Codeと同様のワークフローになっています。営業職やマーケティング、リーガル職などの普段の業務を置き換えられるということで、導入が進んでいます。
――高性能なモデルは他社も提供していますが、差別化点はどこにありますか。
アウトプットに対する責任感の大きさです。どのようなプロセスを踏まえてアウトプットしているか、道筋を示すことが信頼感につながると考え、非常に努力しています。また、結果が必ずしも正確ではないことがあり得るので、AIが自ら「間違っている可能性もあるので、ご自身でしっかり調べてください」「ご自身の判断に基づいて行動してください」という趣旨の注釈を入れています。これは業務で使う際に選択してもらえるポイントだと思います。
目に見えない部分でも、「Constitutional AI」や「Claude's Constitution」「Responsible Scaling Policy」「AI Safety Levels」「Interpretability」などさまざまな取り組みを進めています。このようにAIの正確性が高く、解釈や予測が可能で、信頼できるという裏付けがないと、企業では使ってもらえません。例えば、金融機関のローン審査をAIに任せ、AIが却下したとして、理由を説明できなければ納得できませんよね。そういった例が企業にはたくさんあります。
――AIをより高度に使いこなすための取り組みはありますか。
AIがSaaSや基幹システム、データベースなどの社内システムをコンテキスト(文脈)として理解することが重要です。こうした情報資産をMCPで接続することが最初のステップです。当社もさまざまなアドバイスをしていますし、SIerからもお客様をサポートしています。
――レガシーシステムのモダナイズにClaudeを活用する需要は実際に生まれていますか。
引き合いはとても多く、今まさに取り組もうとしています。仕様書がなく、古い言語で書かれている資産のドキュメント化は、Claude Codeが得意としている分野です。レガシーシステムに手を付けられず、保守人員がいなくなってきた状況に対し、当社のAIが一つの解決策を導き出しています。実際のマイグレーションは、既存システムの構築を担ったSIerが、その知見を生かしてお客様に寄り添いながら進めることが最も効率的でしょう。
パートナー登録制度で展開支える
――大手SIerとのパートナーシップが相次ぎました。どういった役割を期待していますか。
カスタマーゼロとなることをお願いしています。性能の高いアウトプットにつながる使い方や、エージェンティックAIとしての実装方法など、ユースケースの発掘を含めて習得してもらいたいです。
パートナーは業界、業種のエキスパートなので、そうしたノウハウと、獲得したAIのスキルを組み合わせることで、よりリッチなソリューション化や提案ができるはずですし、われわれには届かない領域まで踏み込めます。幅の広いコンサルティングや実装、既存システムと整合性を保った開発を期待しています。
また、「Claude Partner Network」という登録プログラムもあります。認定技術者数などの実績によってTierが変わる仕組みです。Claudeについて一般ユーザーよりも充実した情報を得られ、中堅も含めたSIerが、Claudeを商材として使ってもらえるインフラとなります。この中にリセールプログラムはありませんが、既存の制度内容と整合性が合うように、これから出てくるのではないかと想像しています。
――今後、注力する取り組みを教えてください。
米国本社のダリオ・アモデイCEOが「テクノロジーの思春期(The Adolescence of Technology)」というエッセイを発表しています。人間の思春期は体が大人なのに対して心や頭脳はまだ子どもで、いろいろ失敗をしてしまいます。今のAIもそういう状況に似ています。AIの性能は非常に高いですが、使用する側のマインドセットや法整備、政策が追いつかず、事故が起きるかもしれないとエッセイでは語られています。それを垣間見ることができたのがMythosだと個人的には感じていますが、Mythosが攻撃に使われた事実はなく、防衛側で使ってもらおうとしたのは正解だったと思います。
いずれにしろ、AIを受け入れる側のレディネスが高まっていないので、当社の政策担当が政府や経済団体、民間企業の経営者と、企業として何ができるのか、どんなガイドラインが必要なのかについて話しています。この議論はリスキリングした上での人員の再配置など、AIと雇用の問題につながるでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本拠点開設を発表した2025年10月の会見時、Anthropic Japanはわずか3人体制だった。その後の市場での存在感を見れば、組織が大きく成長したことは想像に難くない。
東條氏自身、前職の外資系ベンダーの日本法人でも第1号社員だった。製品のハンズオンを行い、ユーザーやパートナーと対面し、イベントやウェビナーにも自ら登壇した。「同時にいろいろやるのが楽しいし、向いている気がします。すごく大変な思いをしますが、またこの立場になったのは、多分生きがいになっているからでしょう」と明かす。
アンソロピックのミッションは「変革をもたらすAIの時代を、世界が安全に乗り越えられるようにすること」だと教えてくれた。壮大な使命を日本でかたちにしていく歩みは、市場を開拓を担うトップの情熱に支えられ、着実に広がっている。
プロフィール
東條英俊
(とうじょう ひでとし)
1996年に中央大学文学部卒業後、ジャストシステム入社。米Microsoft(マイクロソフト)日本法人を経て、2010年に米国本社へ移籍。13年、米ワシントン大学大学院フォスタースクールにて経営学修士課程(MBA)修了。16年に帰国後、グーグル・クラウド・ジャパンに入社。19年に米Snowflake(スノーフレイク)日本法人社長執行役員。25年8月から現職。
会社紹介
【Anthropic Japan】米Anthropic(アンソロピック)は2021年設立。生成AIモデル「Claude」を開発し、コーディング基盤の「Claude Code」や、非エンジニア向けの「Claude Cowork」などのエージェントを提供する。日本法人はアジア初の拠点として25年5月に設立。