【本郷発】「アラン・ケイって、知ってる?」。若い世代の記者に聞いてみた。知らないという。エッカートと、モークリーは? と聞けば、なおさらわからない。知識不足というより、コンピュータの黎明期も、それだけ遠い昔になったというわけだ。アラン・ケイは大きなコンピュータが全盛の時代に、個人が使うパーソナルコンピュータの概念を打ち出した。彼はそれを「ダイナブック構想」と名付けた。40年前のことだ。80年代にはスティーブ・ジョブズとともにアップルでパソコンの概念を具現化した。

▼現在のパソコン文化の火をともしたのはアラン・ケイだ。彼は「パソコンの父」と呼ばれている。1940年生まれだから、いまだ健在だ。久しぶりに、アラン・ケイのメッセージを見た。先ごろ木更津高専が主管校となって行われた『全国高等専門学校プログラミングコンテスト』の20周年記念大会のことだ。会のプログラムを手にして数ページ開いて見ると、アラン・ケイの微笑んだ顔写真がある。「すごい!」と思わず唸る。「Have Fun With Programming!」という見出しの、彼の特別寄稿が目に飛び込んできた。

▼ともかく関係者に経緯を聞いてみた。木更津高専・情報工学科の栗本育三郎教授が6年前に京都で開催された国際会議(C5)で、アラン・ケイと出会った。ケイは子どもにプログラミング教育を推進しており、日本では京都大学をベースに活動している。栗本教授は彼の言葉に感銘を受けていた。「The best way to predict the future is to invent it」。ケイにそのことを伝えた。そして20回大会を記念して「プログラミングに取り組む未来ある学生たちに、励ましの言葉をもらえないか」とメッセージを依頼したところ、ケイはそれに応えた。栗本教授はお礼に屋久杉製のマウスを贈った。そのマウスには名前を付けた。「History」だ。そしてマウスに「Alan」と刻んだ。明日は人が創りだす。人が何をするかがとても大切だ。(BCN社長・奥田喜久男)

会場に展示された、アラン・ケイ氏からのメッセージ