パソコン生産の海外移転が大勢を占めるなか、富士通だけは、輸出用も含めて開発から生産まで完全国内生産を堅持している。そのノートパソコン生産を一手に引き受けているのが、製造会社である島根富士通だ。「世界をリードする製造会社への挑戦」を標榜する同社は、あえてマザーボードの製造、LCD(液晶ディスプレイ)の組み立てから本体の最終組み立てまで、自前の一貫生産にこだわる。ここには、日本の製造業復権にかける強い意気込みが感じられる。(田中繁廣)
製造業「日本」の復権にかける
■生産ラインには最新鋭マシン
島根富士通は、島根県簸川郡に2棟約4万6000万平方メートルの工場を構える。パソコンの生産拠点として国内では屈指の規模である。1990年に操業、95年からは富士通製ノートパソコンの全生産をまかない、今年6月に累計生産台数が1000万台を超えた。しかも、このうち約500万台は過去3年間の生産分だ。
「当社の場合は、富士通と一体となって生産現場の視点からパソコンの商品企画にも携わっている。OEM(相手先ブランドによる生産)などのパソコンを数に任せて生産する請負メーカーとは訳が違う」と山森章朗社長は力をこめる。
生産ラインに足を踏み入れると、本体の最終組み立てだけを請け負う他のパソコン工場にはない活気が感じられる。マザーボードの実装行程では、約1400個のチップやトランジスタが猛烈な勢いでボード上に実装されていく。実装スピードは1秒間に最大15個。最小の部品は0.4ミリ角という超極小素子だ。こうした部材を完全自動で実装できる工場は今のところ世界でもここだけである。
「台湾や中国では、約3%程度の微小チップはまだ自動実装できていない。ピンセットを使って手作業で取り付けるのが普通」というなかで、全自動のプリント実装マシンだけでも77台を揃えた。この工程1つをとっても、品質、生産スピードに格段の差が出るという。
その最新鋭マシンが一斉に稼働している光景は壮観だ。ノートパソコンの生産台数は、クァンタ、ヒューレット・パッカード(HP)、FICに次いで世界第4位。今年度の生産見込みは196万台。成長期を謳歌していた時代の日本の原点ともいうべきものづくりへの熱気と意気込みが感じ取れる。
■「自前主義」にこだわる
台湾や中国への生産移転が当たり前となった今でも、ここまで「自前主義」にこだわる理由とは何か。この疑問に、山森社長はこう答える。
「以前は中国でLCDやHDD(ハードディスク)のアセンブリを行っていた時期もある。しかし、生産数量の変更などへの柔軟な対応ができない。品質面はむろんだが、搬送にかかる時間やコストを考えると、自前で製造した方がメリットが大きいという結論になった」
アジア地域での生産のほうがコストは安いと思いがちだが、「そんなものは根拠のない単なる幻想ですよ」と、ばっさり切り捨てる。
ノートパソコンの全コストのうち、90%を占めるのは半導体をはじめとする部材の購入費。残り10%が島根富士通での製造コストだが、純然たる人件費はその4分の1ときわめて低い。つまり、原価に占める人件費比率はわずか2.5%にすぎないのだという。
「人件費だけをみて、中国生産の方がコストは安いというのはあまり意味がない」(山森社長)。
ちなみに、この日、工場で働いていた人数は1587人で、うち同社の社員は442人にすぎない。約7割が生産請負会社や協力会社の社員だ。このことはコストの低減だけでなく、生産数量の増減に合わせたフレキシブルな人員の調整も可能にしている。
パソコンの収益構造を考える上で、もうひとつ無視できないのが変動幅の大きい販売価格だ。
ボーナスや年末の商戦期は短く、販売時期のピークを過ぎてしまえば実勢価格は大きく下がる。さらに、出荷が遅れて商戦末期に売れ残り在庫が多ければ、在庫補填などの問題も収益の圧迫要因となる。
「ピークの価格で一気に売り切る。そのためにはスピードが大事。当社の場合は富士通の設計部隊と協力して、生産までのリードタイムを最小限に短縮したうえ、全国の販売店に24時間以内に商品を直送できる。国内一貫生産には単なる人件費以上の大きなメリットがあるんですよ」と山森社長は強調する。
■品質管理でさまざまな工夫を
スピード感のある生産を支えているのは、製造装置ばかりではない。いかに品質の高い製品を安定して供給できるか。そのためには、品質管理に関してもさまざまな工夫がこらされている。
外部からの購入部品に関しては、数ミリ単位という極小素子に至るまで2次元バーコードによる一元管理が施されている。いつ、どのラインでいくつ実装されたかなどの履歴がすべて管理されており、試験ラインなどで不具合が生じた場合、関連する製造工程にすばやくアラーム情報が自動配信される。
こうしたシステム的な対応ばかりでなく、各工程ごとに「うっかり」ミスをいかに防止するかにも知恵が絞られている。
例えば、「組み立てポカ防止システム」。これはセル方式の組み立て工程で、部品の貼り付け、ねじ締め箇所を自動的に検知し、つけ忘れを警告する装置である。
生産現場から生み出されたアイデアは、これだけにとどまらない。各工程ごとに、新しい提案が生まれ、製造プロセスに組み込まれている。
島根富士通には、至る所に「世界で初めて」という最先端の製造装置が配置されている。しかし、この工場に独特の活気をもたらしているのは、各工程に関わる人たちの創意が、ユニークな仕掛けとなって現場にたゆみない改善をもたらしているからだろう。