IT産業を疲弊させるな

　官公庁の年間およそ2兆円とも言われるIT投資の在り方が問われている。e─Japan計画や電子自治体など、官公庁の情報システムは非常に複雑で高度なものになろうとしている。これまでになかったリアルタイム処理や、ウェブなどオープンシステムとの連携などが進み、基幹システムの見直しも進められている。このタイミングで新規ベンダーの参入を促進し、IT産業の振興に結びつける戦略的なITガバナンスが官公庁に強く求められている。官公庁のIT投資は、業務の効率化や市民サービスの向上に加えて、IT産業の育成という重要な役割を担っている。しかし、投資が適切でないために、国内IT企業の育成や競争力の拡大、創意工夫の余地を削いでいるという指摘も多い。

　メインフレーム全盛の時代は、ハードウェアの価格が高かったため、ソフトウェアや運用サービスは開発元のメーカーが随意契約で継続受注するという流れが主流であった。いわゆるベンダーへの〝丸投げ〟である。一方、特定ベンダーとの固定的な関係が続く状態では〝コントロール可能なITガバナンス〟は期待できず、〝どんぶり勘定〟になりがちである。ベンダー側から見てもリスクは大きい。たとえば、ある役所から10億円のIT投資があったとする。受注できたベンダーは売り上げが立ち、できなかったベンダーは売り上げゼロというリスクの高いビジネスになる。大手ベンダーですら受注・失注の落差が激しい状況のなかで、中堅・中小のベンダーが参入する余地はない。

　だが、ここへきてハードウェアやソフト開発を個別に発注し、運用サービスも複数のベンダーに切り分けて発注する動きが官公庁のなかで出始めている。これまで評価基準が曖昧だった運用サービスは、サービスレベルを事前に取り決めるなどして基準を明確にし、複数のベンダーを対象に発注しやすくなる環境整備が進んでいる。官公庁のIT投資に詳しい野村総合研究所の山田澤明・執行役員は、「この部分のサービスはA社、この部分はB社などと、ベンダーの得意分野を見極める有能な発注者に官公庁はならなければならない。同時に、特定ベンダーに丸投げする古いスタイルと決別し、発注者側がサービスレベルなどを基準に費用を割り出し、ベンダーにコスト競争力をつけさせる観点を持つことも重要」と指摘する。

　1つの案件を複数のベンダーに切り分けて発注することで、ベンダーの競争力を高め、結果的にITコストの削減にも結びつける考え方である。地方自治体では、地場IT産業の競争力の高まりが地域経済の振興に結びつく。ポイントは、企業の〝創意工夫の余地〟を増やし、競争力をどう高めるかにある。単にITコストの削減だけに焦点を当てると、体力のあるベンダーが価格だけを競い合い、IT産業は疲弊する危険性がある。発注者側が細かく規定し過ぎると、ベンダーの創意工夫の余地が減り、丸投げすると競争関係が損なわれ、馴れ合いが助長される。このバランスをどう取るのか難しいところだ。オープン化の進展にともないハードやソフト、運用サービスの切り出しも容易になりつつある。それぞれの段階で競争原理を最大限に引き出しつつ、参入機会を増やす流れをつくり出さなければならない。これを踏まえたうえで、国内IT産業のどの部分の競争力を高めるべきなのか。戦略的な視点がより一層求められている。 安藤章司●取材／文