BCN(社長・奥田喜久男)は6月3日、東京・四谷の主婦会館プラザエフで「第5回BCNフォーラム」を開催した。今年2月に続き5回目となる今回は、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の久保田裕・専務理事・事務局長から、「中国ソフトウェアビジネスと著作権事情」をテーマに、中国の著作権事情についてアジアの1国としての日本の事情を照らしあわせながらご講演頂いた。講演要旨は以下の通り。(田澤理恵●取材/文)
社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)
久保田裕専務理事・事務局長講演
■日系企業の保護が目的
ACCSは中国で、2年半ほど前から上海周辺の実態調査と北京で政治的な観点から著作権侵害の調査をしている。
今回は、中国の著作権事情に光を当てるが、アジアの1国としての日本の事情を照らし合わせながら中国をあぶり出してみたい。
ACCSが中国に進出している本当の狙いは、日系企業の保護という立場である。協会の活動としては、国内における違法コピーをはじめとするソフトウェアの管理や情報管理を中心に活動しているわけだが、国が違うと今度は事情も国益も違ってくる。今一番危ない環境に置かれているのが日系企業だということを伝えたい。
日本の企業が中国に進出していくなかで、ソフト管理や情報管理の問題が待ったなしの状況になっている。とりわけ個人情報においては4月以降、中小零細企業を含めて情報管理の一環としてソフト管理の手法を睨みながら個人情報の管理の視点を訴えてきているが、日本ではソフトウェアの管理ができていない企業に個人情報の管理なんてほとんどできないと確信している。 インターネットでつながっている中国で、例えばデータベース化した住所登録を中国人が代行的に処理している企業や、サポート機能を持っている企業から情報が漏れてくることがある。日本国内で積極的にデジタル化された個人情報を管理しようとしても、彼の地から漏れてくることになる。中国では、現段階のセキュリティ対策に関しては、パソコンが盗まれないようにするために監視カメラ、施錠など物理的にプロテクトするものが売れており、それを見ても日本と管理の質が違っているのが分かる。
■現地調査を地道に
法的な保護という観点から言うと、中国では政府がいつでも企業を調査し、違法物があれば押収し、民事的な訴訟に対しての資料として提出することもある。行政機関で罰金を科したりもできる。
日本では訴訟の和解金の合計が52億円という実態がある。国内で民事訴訟を起こされる企業が中国に進出すれば、さらに脇が甘くなり危ないということになる。ACCSが緊急で中国に進出した背景には、実は日系企業のソフト管理や著作権の管理があるわけだ。
日系企業の進出が多い江蘇省で、かつて版権局と大きなトラブルになった日本の企業がある。ACCSは、中国に常駐している中国人の調査員を江蘇省に派遣して調査した。2年前にも日本の一部上場の著名な企業2社が、上海の版権局によって行政手続きを受けている。日本ではビジネスソフトの権利保護などの活動をする米ビジネスソフトウェアアライアンス(BSA)の日本拠点であるBSA日本とACCSは友好的に情報交換しているが、この時は危険な信号を発することができなかった。今後、上海版権局をはじめ、北京の国家版権局の情報の流れをよく知り、日本企業が摘発されても公にならないような予防的対策としてソフト管理の徹底を図る。
そのために「上海プロジェクト」として、中国での日本企業のサポートを目的に、大塚商会、トレンドマイクロ、クオリティ、オートデスクなどとともに、日系企業のソフトウェア管理の徹底、場合によってはインフラづくりにも協力し、端末の管理もスタートしている。
現在は中国に対するネガティブな情報が多いが、ビジネスチャンスもたくさんある。ACCSは、有効な情報を伝えるためにも、現地オフィスを活用して具体的な調査を地道に続けていきたいと考えている。
特にポジティブな発想で言うと、中国のインテリ層が日本のゲームソフトやアニメ、ビジネスソフトを中国人の視点で触ったりすることでマーケティング活動にもつながる。日本のゲームメーカーが、ソフトをパッケージでそのまま中国で販売すればコピーされる頻度が高いが、例えばスクウェア・エニックスは、パッケージでなくネットゲームとして課金制度で運営している。
中国での海賊版による著作権侵害の実態は、2003年の調査報告によるとゲーム専用機用ソフト全体の95%が違法であり、被害額は2355億8800万円相当だった。その数字は現在もそれほど変わっていないという実態がある。また、上海市内の市場調査では、大きなデパートでも堂々と海賊版を売っていたり、教育施設周辺では学生が海賊版を購入している。
中国の法制度と執行の観点からいうと、刑事罰を科せられる最低限の基準(訴追基準)が高すぎて摘発に至らなかった。海賊版は安いもので5元(約75円)で売られているため100枚、1000枚売られたとしても刑事罰を受けるための被害金額には及ばないのが実情だったが、昨年12月に旧来の訴追基準20万元を5万元に引き下げた。これに対して日本では、たった1枚売っても著作権侵害の対象であり、ネットオークションで多く見かける無料のおまけであっても刑事罰を受けることになる。
■ファイル交換などが主流に 日本のゲームソフト市場を見ると、毎年約10%づつ縮小している。これは中古ソフトの流通により、初期ロットだけが動く仕組みのために販売本数が減っていることが原因だ。販売店は儲かっても、メーカーは儲からない構造になってしまっている。
アジアの権利侵害が日常的になっている地域では、海賊版が無くなった後にはネット上のファイル交換、ダウンロード販売が主流になっていくだろう。日本が持っている優秀な携帯電話の課金システムというモデルを取り込むなどの対策を打てなければ、日本が良いコンテンツを作っても違法にネットワークで供給されてしまうのではないだろうか。
知的財産問題で中国の学生にアンケートを行ったところ、中国のインテリ層に関しては知的財産保護に関する意識は非常に高い。日本のIT関連企業を目指す大学生も97%近くが中古ソフトを違法と答え、知的財産権を尊重している。しかし、実際に使う段になると、コピーができて安くて使えるソフトがあればそれに越したことはないという点では、中国も日本の学生も大差ない。著作権法は表現の自由を経済的に担保している最も重要な制度であり、日本の基幹産業になっていく著作権ビジネスを学生も理解していって欲しい。
中国は、約13億人の人口を統治していくために、経済面からソフトやコンテンツビジネスが立ち上がってこない限り、中国自身が成り立っていかないということを十分理解している。日本は現在1億3000万人程度の人口と少子高齢化のなかで、やはり知的財産やソフトがインフラとしてきちんと形になっていない限り経済的に相当苦労することになるだろう。
ACCS上海事務所設立の主旨は、会員企業の中国ビジネス支援を実施するという目的だけでなく、情報をフィードバックする活動もしている。日系企業のソフトウェア利用に対する注意喚起、教育機関などに対する講演、内外の関係部局との連携を深めていく考えだ。困ったことがあればいつでも、ACCSや上海のACCS事務所に相談していただきたい。