サムスンSDS(金弘基社長)が受託した佐賀市の新基幹システムは、今年3月末に無事に本稼働を開始した。住民基本台帳、地方税、福祉、農政、水道事業など主要業務を処理するシステムのプログラム本数は4000本を超える。通常、こうした自治体の基幹システムの開発には3年程度の期間が必要と言われている。しかし、サムスンSDSはこれを1年4か月という短期間で開発した。先週の前編では開発の背景や経緯を中心にお伝えしたが、今週の後編ではこのプロジェクトの注目点と成功要因をお伝えしたい。(前川 徹●取材/文)
・(前編)から読む1年4か月でシステム構築
強いリーダーシップで成功へ導く
■スピード重視の開発手法 佐賀市の新基幹システム開発プロジェクトについては、市の基幹システムをオープン系システムにダウンサイジングした点や、韓国の企業が開発した点が話題になっている。
しかし、最も注目すべきは、その開発手法にあるのではないだろうか。従来なら3年はかかると言われる基幹システムの開発をサムスンSDSは1年余りという短期間で完了した。しかも、この期間に(完全ではないにしろ)開発工程を2回繰り返しているのである。
システム開発プロジェクトが遅延したり、予算を超過する最大の原因は「手戻り」にある。特に、ウォーターフォールモデルで開発している場合、プロジェクトの最終段階、つまり顧客による受け入れテストの段階で要求仕様書に不備が見つかると、最悪の事態になる。納期が迫っているのに、開発工程を最初からやり直すことになるからである。
こうした事態を避けるため、多くのプロジェクトでは上流工程に優秀な人材を注ぎ込み、不備のない要求仕様を作成しようとする。しかし、この方法では、リスクをゼロにすることは不可能である。
確実な方法は、仕様書というドキュメントで顧客のニーズを確認するのではなく、動くシステムで顧客のニーズを確認することである。つまり、可能な限り早期にシステムを1度作り上げて顧客によるチェックを受け、すべての工程をもう一度やり直す方法である。サムスンSDSが採用したのがこの方法である。ここに日本のITベンダーが学ぶべき点があるのではないだろうか。
■外部の専門家が監督
佐賀市は、新基幹システムの開発をサムスンSDSに委託すると同時に、プロジェクト管理をイーコーポレーションドットジェイピー(廉宗淳社長)に委託している。市とサムスンSDSとの契約にも、イーコーポレーションが佐賀市の代理人としてプロジェクトを監督することが明記されている。
このように外部の専門家やIT企業の協力があれば、開発を担当している企業が報告してくるプロジェクトの進捗状況をきちんとチェックできるし、委託元に不足している最新の情報技術に関する知識を補ってくれるため、ベンダーに専門用語で煙にまかれるという心配もなくなる。
ちなみに、イーコーポレーションは佐賀市の電子自治体構築のマスタープランを作成した企業である。廉社長は『「電子政府」実現へのシナリオ─「ネット先進国」韓国に学ぶ』(時事通信出版局、2004年)の著書でも知られている。
1つ、面白いエピソードを紹介しよう。廉社長は、システム開発が順調に進んでいないことが判明した04年夏、日経コンピュータの「動かないコンピュータ」シリーズのある記事を韓国語に翻訳し、サムスンSDSに届けたという。これは、プロジェクトが失敗すれば、こんな記事になりますよという警告である。おそらく、この記事を見たサムスンSDSは、サムスンの威信をかけてプロジェクトに臨んだに違いない。佐賀市の新基幹システム開発プロジェクトが成功した要因の1つは、廉社長の存在にあると思っている。
■重要な地元IT企業の育成 佐賀市は、今回の新基幹システム開発を契機に、地元IT企業への発注を増やしたいと考えている。新基幹システムのソースコードの公開を委託の条件にしたのも、今後のシステムの改修や機能追加などの作業を地元企業でもできるようにするという狙いがあったからだ。
サムスンSDSとの契約にも、地元企業のソフトウェア技術者に技術移転のための研修会の実施が盛り込まれていた。新基幹システムの開発には「フレームワーク」という手法が用いられているが、サムスンSDSは04年10月以降、こうした手法を含むアプリケーション開発に必要な技術の研修会を開催している。この研修会には、地元佐賀県内から9社、福岡県から4社の参加があったという。
新基幹システムの運用については、05年1月に入札が行われ、2月から地元の佐賀電算センターが担当している。
■3つのポイントが成功要因 このプロジェクトの成功要因は、次の3点にあると考えている。
第1は、市長、助役の強いリーダーシップがあったことである。「責任は取るから」という市長や助役の言葉がなければ、担当者は安全確実な道を選んだ可能性が高い。第2は、佐賀市の職員が高い志をもって開発プロジェクトチームのメンバーとしてシステム開発に取り組んだことである。特に04年の夏以降、開発をサムスンSDSに任せきりにするのではなく、通訳を通して直接サムスンSDSの技術者とコミュニケーションするなど、開発に積極的に関与している。
第3は、プロジェクト管理をイーコーポレーションに委託したことである。最新の情報技術と電子自治体の構築に精通した専門家が、プロジェクトの進捗管理やリスク管理をしていることによって、サムスンSDSに適切なプレッシャーを与えることができたのである。
いずれにしても、佐賀市新基幹システム開発プロジェクトから学ぶべき点は多い。全国の自治体のIT調達改革の動きにかなり大きな影響を与えることは間違いないだろう。
前川 徹
1978年に通産省入省。機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター産業用電子機器部長、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長(兼、技術センター所長)、早稲田大学大学院国際情報通信研究科客員教授などを経て2003年9月から富士通総研経済研究所主任研究員。著書として『ソフトウェア最前線』などがある。