中核病院と診療所、患者が情報を共有
「患者を基点としたサービス」の実現へ
日本の医療制度は先進国の中でも最も整備されている。しかし、最近は医療過誤の問題や、それに伴う医師の説明責任が果たされていないこと、中規模病院の経営難など、制度のほころびが目立ってきた。これからの高齢化社会に向けて、医療の再構築が必要な情勢である。政府の「e-Japan戦略II」でも、「患者を基点とした総合的医療サービス、継続的治療等」の実現がうたわれ、電子カルテの導入と医療情報の公開を進めるべきことが目標とされている。そうしたなかで、電子カルテを共有して、地域中核病院と診療所が役割分担し、効率的な医療を具現化する地域も出てきた。(長浜淳之介(フリーライター)●取材/文)
■中核病院と診療所の分業体制 先端行く亀田メディカルセンター 医療機関のIT整備は、「e-Japan戦略II」で重点的な強化を進める分野の1つとなっている。
日本は周知のとおり急速な高齢化が進んでおり、すべての患者を地域の中核病院が診察していては、医師のマンパワーと病院インフラの限界から、救急医療が機能しなくなる可能性がある。そこで、電子カルテで中核病院と、町医者である地元の診療所で電子カルテの情報を共有して、分業体制で医療行為にあたる必要性が出てくるのだ。
つまり、糖尿などの生活習慣病で定期的な長期の通院を必要とする疾患については、初診は中核病院で行っても、その後は患者の自宅から近い、地元の診療所に引き継いで治療を受ける体制の構築だ。また、電子カルテを患者が閲覧できれば、どういった治療、投薬で効果が出たのかが納得でき、医療の信頼回復にもつながるだろう。
そうした地域連携で先端を行くのが、千葉県鴨川市の亀田メディカルセンターを中核とする「PLANET(プラネット)」と呼ばれる南房総地域医療ネットワーク。2001年度の経済産業省委託事業「電子カルテを活用した地域医療連携推進事業」および、02年度の厚生労働省の補助事業「地域診療情報連携推進事業」の指定を受けて、電子カルテ、レントゲンなどの画像共有、検査予約といったシステムを開発している。
参加医療機関は、4病院、14診療所となっており、市原市以南の9市17町2村の行政区域が対象。亀田メディカルセンターの中枢である亀田総合病院は31科、一般病床数802棟を持つ急性期医療専門の大病院である。また、外来診療専門にやはり31科を持つ亀田クリニックが併設されている。
亀田総合病院は、95年、世界に先駆けて電子カルテの本格運用を始めており、同年には医療情報システム会社、亀田医療情報研究所を設立。99年には、電子カルテシステム、オーダリング(処方、注射、手術など、医師が他部門にオーダーすること)システム、看護情報システムといった、診療情報の共有化をベースに、医事会計、調剤、放射線、臨床検査などの部門システムを連携させた「Kai(カイ)」と呼ばれる統合医療情報システムを全面稼働させている。「Kai」はベンダーとして外販も行っている。
これは、病院向けソフト専業でヘラクレスに上場しているソフトウェア・サービス(大阪市、宮崎勝社長)が入院と外来のオーダーエントリーシステムと医事会計を中心にシステムを構築しているのとは対照的である。ソフトウェア・サービスでは医療事務の効率化がテーマになっており、電子カルテそのものは、むしろオプションの位置づけである。
一方で亀田医療情報研究所では、医事会計を独自に開発しておらず、課題の1つとなっている。
■中規模病院もIT化で経営効率化 研修会で人的ネットワーク強化も 亀田メディカルセンターは「Kai」の実績をベースに「PLANET」を稼働させている。「PLANET」に参加している中規模病院・診療所は、実は「アピウスエクリュ」という、ウェブベースで開発された、新しい電子カルテシステムを使用している。これは00年に設立された、亀田医療情報研究所と住友商事などが出資したアピウス(塚田智社長)という会社で開発・販売されている。
「200床くらいまでの中規模病院は7割が赤字で、情報化に投資する余裕がない。だからパソコンにインストールする必要もなく、極力パッケージのままで使えるウェブベースのシステムを開発した」(美藤斗志也副社長)。
亀田グループでは、体制が複雑で導入にカスタマイズを要する大病院では従来型の「Kai」で攻め、資金のない中規模病院や診療所は「アピウスエクリュ」と、ベンダーを使い分けて電子カルテシステムの普及にあたっている。「アピウスエクリュ」はこれまで25の病院、約100の診療所に導入されている。
中規模病院の中には、自助努力によってITを整備し、難局を乗り切ろうという動きもある。同じ千葉県の東金市にある県立東金病院がその代表格だ。東金病院は、平山愛山院長が赴任した98年当時は、域外の救急患者搬送率25-30%と高く、救急医療が完結しておらず、紹介率10%程度、院内の薬局待ち時間約4時間と問題の多い病院だった。病床数は191床。
しかし、平山院長は院内のパソコン台数ゼロと情報化が遅れていたところから、一気に各施設を結ぶ光ファイバーLANを敷設。電子カルテ、画像情報システムなどを構築し、最先端の病院へと生まれ変わらせた。
さらに、東金病院を核に山武医療圏1市7町1村を結ぶ「わかしおネットワーク」を構築。医療圏内の医師数が全国平均の半分以下という医療過疎を解決するため、24の医療機関、8の歯科診療所、21の保健調剤薬局、3つの保健所、3つの訪問看護ステーション、2つの老人健康施設で、患者データなどを共有。定期的な研修会を行って、ヒューマンなネットワークも緊密化しながら、高度な地域連携の医療実現に向かっている。
間近に迫る高齢化社会に対応する医療体制の確立には、電子カルテシステムを中心にした地域医療連携が必要である。それに向けて、保守的な医療界も、IT革命と構造改革が迫られるだろう。
 | 中堅・若手医師に懸かる医療情報化 | | | | | 電子カルテの普及率は、病院で5-10%、診療所で2-3%にとどまっているようだ。医事会計は90%ほどが導入されているのに比べても、普及が遅れている。 これは、ベテランの医師にパソコンに対する抵抗が大きく、電子カルテ導入時には、不慣れなために患者よりもパソコンに向かっている時間が長くなって、診療 |  | が疎かになるといった懸念があるからだ。また、医師の間には、患者や外部の機関に対して情報を公開するのを嫌う権威主義が、いまだあることも事実である。 しかし、志ある医師の中には、中堅、若手を中心に電子カルテに積極的に取り組む者も多く出てきている。先端的なITは、新設の病院に導入されるケースが多い。 | | |