「外字使えない」など、致命的欠陥も

地場ベンダーへの経済効果に赤信号

　自治体向けオープンソースソフトウェア（OSS）デスクトップの需要に期待した地場の中小ITベンダーなどには、納得できる結果が得られなかったのではないか──。経済産業省の外郭団体、情報処理推進機構（IPA、藤原武平太理事長）がこのほど、OSSデスクトップの導入実証に関する報告書をまとめたが、課題山積という印象が拭えない。「ウィンドウズOS以外の選択肢を増やす」「地場中小ITベンダーに経済効果をもたらす」──などを目的に開始した事業だが、プリンタなど既存システムとの連携性や運用サポートのコスト低減、追加の技術開発など、自治体が納得して導入するには、払拭すべき致命的な問題が多い。早期に中小ITベンダーの収益モデルになるのか疑問が残る。（谷畑良胤●取材／文）

■OSSの成果が突出した二宮町有力ベンダーの後押しが奏功

　IPAは、一昨年度の学校現場向けに引き続き、今年度に「自治体におけるOSS活用に向けての導入実証」事業を北海道札幌市、栃木県二宮町、大分県津久見市、沖縄県浦添市や地場中小ITベンダーなどに委託して実施した。7月下旬に集約した「成果報告書」によれば、「基本ソフト（OS）はもとより、OSSのワープロ、表計算、Webブラウザなどの事務利用基本アプリケーションが、自治体において実用に耐えうることが実証された」と、好結果であったという論調で結論づけた。

　確かに、各市町の報告を見ると、OSSデスクトップの利用に“薄日が差した”といえる部分も少なくない。例えば、全市町では、OSSオフィススイートやブラウザが使えたほか、札幌市で「ビデオ会議システム」を導入して遠隔拠点からなる水道局のツールとして職員の8割が満足したり、浦添市がOSSデスクトップの基幹系システム接続試行に成功するなど、技術面で新たな用途が実証できたことは大きい。

　また、職員に対するOSSオフィスのリテラシー教育や障害対応など、課題とされたサポート面では、二宮町でOSSを利用する地元のユーザーコミュニティ「OpenOffice.org」と連携でき、他の3市でも、地場中小ITベンダーによるサポートデスクを設置し、うまく機能したという。

　札幌、津久見、浦添の3市と異なり、二宮町は、町役場の「すべての情報端末」（ほぼ全職員の139台）をOSSデスクトップに移行した。「十分な現状調査と緻密なスケジュールがあった」（IPAの橋本明彦・オープンソースソフトウェア・センター企画グループ研究員）ため、既存データの移行やサポート内容の明確化、職員のリテラシー底上げなどが円滑に進んだ。実際に既存のウィンドウズ・デスクトップと「SUSE Linux」を搭載したOSSデスクトップのコスト負担を比較すると、OSSデスクトップに有償の運用管理ソフトを乗せても、ウィンドウスに比べて約200万円の削減につながった。

　導入実証に参画した4市町のうち、二宮町は成果が突出した印象をもつ。このことは、自治体ビジネスに実績のあるNECのほか、アイ・ビー・エムビジネス コンサルティング サービス（IBCS）、ノベル日本法人が関わっていたことも無縁ではなかろう。部分導入をした他の3市も、それなりの成果を出したとはいえ、他の部署にOSSデスクトップを導入する機運とはなっていないようだ。

■実証が残した重い課題　中小ITベンダーに負担を強いる

　今回の実証で残された課題としてIPAが取り上げた内容を見ると、深刻さが浮き彫りになっている。具体的には、「ユーザー認証や文書管理などの基盤システムに相互運用性が乏しい」「地元の中小ITベンダーの参入を促進するシステム構築手法が求められる」「継続的で低コストなサポート手法が求められる」「プリンタをはじめとする周辺装置について、既存環境との共存など高度な運用機能の強化が必要」「外字や機種依存文字などのフォント（中略）の強化が必要」と指摘する。今年度に実施する導入実証の第二弾で、こうした課題を解決するとしているが、重い課題を背負わせられそうだ。

　総評すると、OSSデスクトップの導入に際しては、例えば、OSS対応のプリンタドライバの開発をはじめとして、現状では、既存システムと連携を図るための追加開発などが必要になるということだ。特に、住民基本台帳を扱う自治体で外字が使えないのは、致命的と言わざるを得ない。

　IPAの田代秀一・オープンソースソフトウェア・センター長は「（OSSデスクトップの）利用場面の適材適所が分かった。すべての業務に当てはまらず、限界も分かった。解決すべき問題もあり、技術開発をさらに進める必要がある」と話す。前出の通り、一昨年度は学校現場向けにOSSデスクトップの導入実証をした。ここでは、導入コストの削減は実証できたが、運用コストを低減できるかまで検証できず、今回の自治体向け実証で、解決策を見い出す予定だった。IPAによれば「国の事業であり、実験的導入なので、参加したITベンダーは通常以上にヘルプデスクなどを綿密にやり、出動回数が多くなった。しかし、通常は、こんなことはない」（橋本研究員）という。

　今回の事業に参加した中小ITベンダーのある幹部は「国の力に頼らず、自分たちの力で何とかしようということを認識した。原点回帰して、自力で解決策を探す。ただ、自治体に入り込むきっかけにはなった」と、IPAの協力体制に不満を漏らす。実際は、運用に関する自社のコスト持ち出しが多く、苦労の連続だったと聞く。

　二宮町の報告の通り、OSSデスクトップの初期投資は大幅に削減できた。しかし、職員のリテラシー教育に関する人件費など、運用コストを上乗せした場合、ウィンドウズ・デスクトップより安価に収まるのか疑問符がつく。　自治体は、システムのコスト削減や効率化などを積極的に進めている。そのため、「OSSデスクトップは自治体に受け入れられる」と期待された。しかし、既存システムとの連携性が薄く、運用コストのメドも立たず、追加開発が伴うようでは、初期段階だけとはいえ、自治体がOSSデスクトップの導入に二の足を踏むのは目に見えている。国内のOSSコミュニティに奮起を促し、こうした解決を急ぐべきだ。

【記者の眼】
　今回の事業採択地区のひとつ札幌市は、同事業が「地場の中小IT企業に経済効果をもたらす」という点で「最重要地区」といえる。自治体向け財務会計システムの納入で実績のあるテクタスのほか、市内の中小の受託ソフト開発会社3社が名を連ねたからだ。

　しかし、このために結成した4社や市当局による「自治体オープンソースデスクトップ推進企業コンソーシアム」は、導入の佳境を迎えた年初から大きな壁に当たる。LinuxOSなどをパソコンに提供するターボリナックス側の対応が、例の「ライブドア事件」余波で、連絡体制がままならなくなったのだ。

　本来は、ターボ社の担当者がインストールを含めバックアップする予定が、「CD－ROM」が送られてきただけ。これを基にインストールするも、パソコンは動かず、バグも発生した。こうした対応に、4社は追われることになる。

　同市は、折りしも、IT人材の育成で、マイクロソフトと緊密な関係を構築している最中。「やはり、安心できるモノがいい」。こんな声が庁内から聞かれたかは不明だが…。それでも、実証で導入した水道局に継続してOSSデスクトップを配置する。同市のスタンスは、「マイクロソフトもOSSも均等」という立場。優先順位はないのが、救いではある。