名古屋の名門百貨店・丸栄は、20年近く使ってきたメインフレームを捨てた。老朽化で新しい法制度や近代的な顧客情報管理に対応できなくなったからだ。メーカー固有の技術でつくられた情報システムを管理できる人材が枯渇してきたことも買い替えの大きな動機づけになった。新システムは百貨店に納入実績のあるパッケージソフトで、維持管理は外部のデータセンターに委託。さまざまな選択肢のなかから、より少人数の情報システム部員で運用できる方式を選んだ。(安藤章司●取材/文)
■暗礁に乗り上げる
団塊世代の退職期を迎え、メインフレームのプログラミングに精通したベテランの情報システム部員が、続々と企業を離れている。創業1615年、名古屋を代表する名門百貨店の丸栄の情報システム部も例外ではなかった。全盛期にはメインフレームに精通した部員が20人ほどいたが、今では4人に減った。他にも部員はいるものの、メインフレーム特有のプログラミング技術は持ち合わせていない。
内部統制の強化や急速に普及する電子マネーへの対応、顧客情報管理システムの活用、伝票のリアルタイム処理などの要請は日々高まっている。メインフレームでこなすのは「もう限界にきている」と、丸栄の伊藤比呂志・情報システム部長は危機感を募らせた。
しかし、どう刷新するか明確な指針は持ち合わせていなかった。これまで取引してきた国産メインフレーマーにオープン化を依頼するのが最も無難な選択肢であるが、彼らの提案内容に伊藤部長は失望した。
「自社独自のアーキテクチャにこだわりすぎている。これまでとどう違うのか」と、思わずため息が漏れる。メインフレームを知らない若手情シス部員でも運用できるオープンシステムを依頼しているにもかかわらず、メインフレーマー自身にオープン化という発想が乏しかった。
これまで使っていたメインフレームのプログラム本数は約1万本。これに改変を加えたり、プログラムを書き足して近代化するには膨大な工数と時間がかかる。限られた人数しかいない情シス部員で、日々の業務をこなしながら仕様書を書き上げることは不可能に近い。「仕様書づくりだけでも1年かかる」。プロジェクトはいきなり暗礁に乗り上げた。
■SIerの猛アタック
このとき丸栄に猛アタックをかけたのがSIerのアイティフォーの望月忍・流通システム事業部長だった。地方百貨店の情シス出身で、2002年からアイティフォーで流通業向け基幹業務パッケージシステム「リッツ」の開発に携わってきた。百貨店のシステムは「誰よりも深く理解している」と自負している。
望月事業部長は、「リッツなら最小限の手直しで、伊藤部長が抱える課題はすべて解決できる」と口説いた。リッツはアイティフォーが社運をかけて開発した虎の子ソフトだが、いかんせん3年前に完成したばかりで納入実績に乏しい。名古屋の名門・丸栄に入れば、今後の販売に大きなプラスになる。なんとしても獲得しなければならない案件だった。
05年末、名古屋市内にはうっすらと雪が積もっていた。この日、「リッツ」のプレゼンテーションが2時間ほどかけて行われた。「こちらから言うことはもうない。十分理解してもらった」と望月事業部長が思った瞬間、丸栄側から再度確認する趣旨の質問が相次いだ。パッケージソフトできちんと機能するのか半信半疑なのだ。他社のパッケージソフトを見て、「完成度が低く、力不足」であることを知っていた伊藤部長はSIerの言うことを鵜呑みにはできなかった。パッケージソフト化によってシステムの中身が見えなくなる不安もある。障害が起きても情報システム部だけでは手の打ちようがない。
年が明けた06年春、伊藤部長はリッツの納入先のひとつで盛岡の老舗百貨店「川徳」の情シス部門を見学した。実際に動いているところを見なければ納得できなかったからだ。中身が見えなくなるのは仕方がないが、「問題なく動いているのなら導入しても大丈夫なのではないか」と伊藤部長は手応えを感じた。川徳では少人数の情シスの人員で手際よく業務をこなしており、残業もほとんどしていないとのことだった。06年6月にリッツの正式採用を決めた。
■8か月間でのスピード稼働 カネに糸目をつけなければ、自社に最適なシステムをゼロから手組みで構築することも可能だ。SAPやオラクルなど世界標準のERPを日本の百貨店向けにカスタマイズすることも選択肢に入れられる。しかし、現実は予算も限られ、情シス部の人手も足りない。「手組みや大規模なカスタマイズはとうてい無理だ」と分かっていた。
伊藤部長は、「現場が要求することは基本的にすべて受ける」ことをポリシーにしている。「商売は現場で行われているのであり、システム部門は全面的に支援しなければならない」というのが理由だ。現場に引っ張られず、会社全体の最適解を重視する“全体最適”の考え方があることを熟知したうえでのこだわりだ。
今回のリッツの導入に当たっては7-9月の3か月間、現場の意見と全体最適のバランスを配慮しながら慎重に要件定義を行った。ベースとなるパッケージの枠組みがしっかりしており、カスタマイズ作業は10-11月の2か月で完了。年末には動作テストにこぎ着け、07年からユーザーの教育訓練に入った。大きな問題もなく予定どおり3月から本稼働した。作業開始から、わずか8か月を要しただけのスピード稼働だった。

システムの維持管理は地元のSIerのユーフィットのデータセンターに委託。財務会計はエス・エス・ジェイのパッケージソフト「スーパーストリーム」を使い、人事給与はユーフィットのASPサービスを採用した。POSシステムの更改時期にきていたため、全社約300台のPOSも入れ替えた。稼働までに投じた予算はすべてを含めて約10億円だった。
名古屋は百貨店の激戦区だ。「情シスの力だけで売り上げを伸ばすことは難しいかもしれない。だが利益率を高めることはできる」と伊藤部長はみている。例えば、顧客管理機能は優良顧客を瞬時に洗い出し、来店誘導やリコメンド、外商などさまざまなアクションを起こせる。今後は優良顧客が購入した商品がレジを通過した瞬間に営業担当者の携帯電話に情報を知らせて接客を促したり、電子マネーやクレジットカードを活用した金融ビジネスなど、さまざまなサービス向上に取り組んでいく方針だ。
【事例のポイント】●メインフレームユーザーにとって団塊世代の退職は深刻な問題
●情報システム部門の弱体化で、大規模な開発は難しくなっている
●パッケージとアウトソーシングの組み合わせがユーザーの心を動かした