「法令遵守」に悲鳴あげる

　組み込みソフト業界で異変が起きている。顧客企業からIT産業の多重構造を是正するよう注文が突きつけられているのだ。

　人手に依存するところが大きいソフト開発では、開発規模に合わせて協力会社から人員を動員することで柔軟に対応してきた。ところが、顧客企業はこうした構造が違法性のある「二重派遣」や「偽装請負」の温床になると警戒。IT産業の人材供給の仕組みそのものに拒否感を示し始めている。

　問題となっているのは、顧客企業のオフィスに常駐してソフト開発を行う〝客先常駐〟の形態だ。組み込みソフトの発注元であるメーカーがコンプライアンス（法令遵守）の観点から、開発を受注した元請けのITベンダーの社員しか自社内への立ち入りを認めないケースが増えている。

　この背景には、近年、製造業において「偽装請負」が頻発しており、コンプライアンスに反するとの批判が噴出していることがあげられる。対応を迫られたメーカーはコンプライアンスの強化に乗り出しており、これがITベンダーによる常駐を選別する動きにつながっている。

　悲鳴をあげているのが、客先常駐の比率が高い組み込みソフトベンダーである。新製品の機密情報を拡散させたくないメーカーの意向から、組み込みソフト開発ではもともと客先にITベンダーが常駐せざる得ないことが多かった。組み込みソフトの開発規模が大きくなる傾向が続いており、常駐させる人員数は拡大する方向にある。だが、自社の社員数には限りがあり、とくに規模の小さいITベンダーは「仕事が受けられない」（ITベンダー幹部）ケースも出てきている。

　組み込みソフトの大口需要先は大手メーカーとその系列に限られており、「元請けのITベンダー以外は、常駐を認めない」と経営トップの判断がなされたら、「末端のグループ会社まで徹底される」（別のITベンダー幹部）状況だ。業務システムの領域では、従来からの商習慣が黙認されることが多いといわれているが、組み込みではもはや通用しない。

　例えば、自動車関連産業の集積度が高い中部地区では、大口顧客である大手自動車グループが、グループ内に常駐するITベンダーの選別に着手。関連する組み込みソフトの人材が慢性的に不足する事態に直面している。ITベンダーにとって自社の社員しか認められないとなれば、自ずと受けられる仕事の量も決まり、売り上げも頭打ちになる。

　打開策は2つ。客先常駐が可能な自社社員を増員するか、一括請負して自社内に持ち帰るかだ。

　一括請負の形態ならば受注者の創意工夫によって効率のよい開発方式を選択することができる。専門知識を持った協力会社を活用するのも有効である。しかし、後者の場合は機密漏えいを嫌う発注元からの信頼を得なければならず、かつ一括して請け負えるだけの技術力、生産力が求められる。生半可な体制では受注できず、これを乗り越えたITベンダーだけが持続的な成長を手にする。

　一連の問題は組み込みソフト領域で先に顕在化したが、本質的には業務システムの領域と共通した課題である。IT業界の産業構造そのものが問われているともいえる。