国内IT産業へ影じわり

顧客のIT投資に意欲減退で

　米大手証券会社リーマン・ブラザーズの経営破綻など米国を震源にした世界的な「金融不安」は、国内IT業界へも影を落としそうだ。サブプライムローン禍で、原油高や原料高に見舞われた産業界で今年に入り設備投資の抑制が顕著に現れていた。昨年度までに積み上げた「見込み客」は基幹システムになるほど、発注を先延ばす傾向が強まっていた矢先に今回のリーマン社の影響で、「ダブルパンチ」に見舞われる可能性すら出てきた。（BCN「金融問題」取材班●取材／文）

■マイナス要因になるのは必至

　国内の某大手ITメーカーは、「（金融不安の）影響が出るかどうかは正直分からない」としながらも、「証券・金融機関には心理的に投資意欲を抑制するマイナス要因になるのは必至だ」として、設備投資などに必要な企業向けの融資が落ち込み、間接的に国内全体のIT投資意欲が減退しかねないという危機感を抱く。

　今年7月24日に2008年12月期の中間決算を発表したキヤノンの株価は、今期の連結純利益が前年度比マイナスになるとの一部報道と、リーマン禍で円高が進行した影響で、9月16日にストップ安まで追い込まれた。中間決算では、連結純利益を前年度比10.9％増の5000億円と見通したが、「経済低迷は当初想定より長引き、円高や原燃料高が継続する」と警戒感を強める。世界展開する同社だけに世界の金融不安でさらに煽りを受けそうだ。

　同じく世界展開する米IBMの日本法人、日本IBMは金融機関を顧客に抱えているだけに影響度合いが大きそうだが、担当者は平静を装う。「顧客がITをコストと考えるか、戦略投資と前向きに考えるかであり、他社の動きに関係なく戦略的な投資をする企業はITに資金を投じる」（デビッド・ベイト理事WebSphere事業部長）と語り、影響は軽微と、先行きを分析する。

　金融商品取引法（J－SOX法）の適用対象である国内上場企業では、2009年3月期から内部統制報告書の提出が義務付けられた。確かに、このための内部統制に関わるシステム再構築は必須であり、金融不安が長引いても必要なIT投資は継続されるとの見方も可能だろう。

　しかし、上場企業の取引先であるような下請・非上場企業でようやく内部統制強化の動きが活発化し始めた最中に起きた金融不安で、彼らのIT需要が冷え込む可能性がある。中堅・中小企業に基幹業務ソフトウェアを提供する独立系ソフトウェアベンダー（ISV）の多くは、リーマン禍以前にも、原油高や原材料費の高騰などの影響を受け「案件が先延ばしになっている」と口を揃えていたが、さらに厳しい市場環境に突入する恐れもあり得る。

■ネット機器は静観の構え

　回線サービスを提供する通信業界のうち、KDDIは「国内市場中心であり、現段階で直接的な影響はない」（小野寺正社長）と、米国を中心とした金融不安のため国内へ直接飛び火することは少ないと断言する。しかし、「ITやネットワーク機器は米国に本社を置くメーカーが多く、長引けば若干の影響が出る危険性はある」（同）と、日米欧の政府機関や金融業界内での対策が遅れれば、KDDIなどの国内通信業界にもIT機器高の影響が波及する可能性があると用心する。

　KDDIが懸念している外資系で日本法人を置くネットワーク機器業界や国内NIer（ネットワーク・インテグレータ）は、先行きの不透明さを口にする。エクストリームネットワークス関係者は「米本社から伝わる情報によると、影響があるという話は出ていない」と、当面の危機はなく安堵の色を濃くしている。その代理店としてネットワーク機器を販売するNIerのネットワンシステムズ関係者は、「（機器の価格転嫁につながる）部材高騰による製品売価アップなどが、今後あるかどうかは不透明だ。現段階でどうこう言う話ではない」と、金融不安の先行きを見届ける考えだ。

■金融向けは2、3次請けに懸念が

　一方、国内金融業向けのシステム開発案件が多い大手SIerは、一段と経営環境が悪化しそうだ。シンクタンクの三菱総合研究所は「元請けの大手SIerは外注費を減らすなど、コスト削減で乗り切れる。しかし、2次、3次請けのSIerでは影響が懸念される」（田中將介社長）と、中位以下の層でマイナスが深刻化すると分析する。

　金融業向けシステム開発では、メガバンクの基幹業務統合案件が今年で一段落。ただでさえ、需要の減退が心配されていた。金融業のなかでも銀行に次ぐ規模で証券会社の案件は多いため、SIer業界全体の深刻さは増大するとの見方もある。ただ、三菱総研DCSの後藤明夫社長は「世界的な経済動向の問題。目先の受注に右往左往せず、次につながる仕込みに力を入れる」として、景気が回復に向かった際に事業を伸ばせる対策を打つとコメントする。

　また、ソフトウェア開発のインフォテリアは「企業のIT予算が絞られるなか、パッケージやSaaSの需要が高まるはず」（平野洋一郎社長）と、価格競争力の高い製品を掲げ、ビジネスモデルを転換すれば逆にプラスに転じるとの見方を示している。

　業界は原材料高と金融不安の「ダブルパンチ」に見舞われているが、霧が晴れた時に突き進めるビジネスモデルを模索する期間でもありそうだ。