150％以上の伸び示す成長株へ

　この不況下で受注が目減りするIT業界。企業内の人材（人財）育成を担う「学習システム」を提供するベンダーは、景気低迷の影響を受けない領域として「企業教育市場」に堅調な伸びを期待している。内部統制やコンプライアンス（法令遵守）など、全社で共有すべきことを迅速・正確に行き渡らせるためのIT投資は、他の業務よりも優先事項になりつつある。企業の合併や統廃合が増えていることも、教育投資を後押しする。とはいえ、企業にはサーバーベースの従来の学習管理システム（LMS）やeラーニングを導入する余力はない。そのような事情から、低コストなオンデマンド型の学習システムが脚光を浴びている。

SaaS型が普及を後押し

　国内最大の学習管理システム（LMS）ベンダーである富士通が昨年6月、約470万人の利用実績のある自社LMS「Internet Navigware」をSaaS型eラーニングサービスとして提供開始したのは、「保険業から新規商談が出てきた」（SaaSビジネス推進部の齋藤範夫氏）ことがきっかけだった。当時、保険会社では「保険金不払い問題」が浮上。こうしたトラブルを防止するためにコンプライアンス（法令遵守）を行き渡らせる人材育成の重要性が高まったためだ。「理解度を迅速に高める」ことを目的として、受講者が場所を選ばず学ぶことができ、しかも利用度に応じて「オンデマンド課金」される仕組みにメリットを見出したユーザーから引き合いがあった－－というのが経緯だ。

　独立系のLMSベンダーで急成長中のシステム・テクノロジー・アイは昨年8月、富士通と同様に既存のLMS「iStudy Enterprise Server」のオンデマンドLMSに加え、SaaS型で提供する「iStudy OnDemand SaaS Edition」の提供を開始した。統一的に基礎知識を習得させる必要がある医療機関や製造業に利用が拡大した。同社の松岡秀紀・社長兼最高執行役は、「当社のLMSは、現在のところサーバーベース型が主流だが、近い将来、半分はSaaS型になるだろう」と予測している。

　SaaS型のLMSは、他のシステムと同様にサーバーなどIT資産の初期投資や専用の運用要員を置く必要がなく、Webブラウザ環境さえあれば時間・場所を選ばずスキルを向上させる学習ができる。さらに、利用した人数（ID数）の実績に応じて従量課金されるため、自社での導入や月額固定、年額一括払いのASPサービスに比べ、コストを抑制できることが、医療や保険などの業界のユーザーニーズに合致したのだ。

社内システムとの連携、必須に

　2007年4月に米LMS大手のSaba社と提携した日立製作所は昨年12月、企業の人事・人財開発部門向け業務を支援する「人財マネジメントソリューション」のラインアップを強化した。同ソリューションは大型案件を中心に展開。事業戦略の実現に必要な人財育成計画を策定するコンサルティングを日立コンサルティングなどで施し、これを支える管理システムとしてSaba社のHCM（Human Capital Management）ソフトウェアなどの構築・運用、業務代行などを行う。基本的にはBPO（ビジネス・プロセス・アウトソーシング）サービスの一環だが、SaaS型サービスの提供も視野に入れている。

　日立では02年頃、eラーニング中心の企業向け学習システム提供から、LMSや人事・給与管理など基幹システムを含めた人材育成全体のシステムを「丸ごと請け負うことで、学習システム全体の売り上げを伸ばしてきた」（若山浩志・HCMソリューション部担当部長）。今年度（09年3月期）は前年度に比べ「3～4倍の成長をした」（同）というように、ここにきて需要が急に伸びているという。来年度に関しては、「IT投資抑制で翌年度に先送りした案件がある」（同）状況で、それらを獲得することで同程度の売上高はあるとみている。

　大企業に加え中堅・中小企業にLMSやeラーニングを提供する同業他社も、日立と同様の見通しを立てている。富士通は主力の系列販社である富士通ビジネスシステム（FJB）や都築電気、大興電子通信などがSaaS型のLMSを拡販する動きが活発化していることなどから、「来年度（2010年3月期）は前年度比150％は成長する」（齋藤氏）と、強気の見通しを示す。

　システム・テクノロジー・アイは1月に今期（09年3月期）の通期見通しを上方修正。売上高は前回予想通りだが、粗利率の高いSaaS型の導入拡大で最終利益が4900万円から8000万円に達する見込みだ。「人気のコンテンツ作成ツール『iStudy Creator NX』を再構築するなど、積極的な開発投資を行う」（松岡社長）と、来年度への期待を滲ませる。同社は来年度、地場SIerなどに対してLMSを拡販する戦略を打ち出す計画だ。

　富士通では、次のSaaS型／LMSの展開で業界に特化した教育ポータル方式を推進する。例えば、製薬業界が抱える「MR（Medical Representative＝医薬情報担当者）」に必要な基礎知識を学習するサイトを立ち上げる。共通のコンテンツで学習した分を課金するものだが、複数の製薬会社が同時に利用できる仕組みとなっている。これをさまざまな業界で横展開する。

　こうした仕組みは、競合他社でも練られつつあり、企業向けの「教育市場」は不況下でも成長が見込め、ベンダー間の競争も激化しそうだ。