SIerトップグループに位置するITホールディングスグループTISの海外ビジネスが本格的に立ち上がってきた。中国天津市で、1200ラック規模の大型データセンター(DC)を全面開業。中国国内でのITアウトソーシング需要の取り込みに全力を挙げる。同国で自社の大型DCを開業するのは、日本の主要SIerとしては初めて。中国市場の拡大を受けて、日系コンピュータメーカーや大手SIerも中国でのDC設備の拡充を推進。TISでは「他社が追いつく頃には、当社は第2、第3のDCを中国で立ち上げられるよう、ビジネスの拡大を急ぐ」と、先行者利益を最大限に生かす方針だ。

中国・天津市に新設したTIS海泰DCの外観。DCに特化した専用の建屋で、セキュリティなどグローバル最高水準の機能を備える
地元SIerなどと幅広く協業
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| TIS海泰の丸井崇総経理 |
天津DCは、DC設備の最高位を示すTier4に近い高機能なもので、日本とほぼ同レベルの高品質なサービスを提供するのが売り。TISグループが強みとするクレジットカード会社などの金融機関の基幹系システムのアウトソーシングに十分耐えうる仕様となっている。
今回の天津DCの開業に刺激を受けて、日系コンピュータメーカーや大手SIerも、相次いで中国でのDC拡充の準備を進める。クラウド/SaaSなどコンピュータの利用形態がサービス型へシフトするなか、DCは情報サービスビジネスのビジネスの中核的存在となる。中国地場や欧米の有力ITベンダーもITアウトソーシング需要の取り込みに向けたDC投資への意欲を高めていることから、「先行者利益を最大限に生かして、迅速にビジネスを立ち上げる」(天津DCの運営を担当する天津TIS海泰インフォメーションシステムサービス=TIS海泰の丸井崇総経理)方針を打ち出す。
本来ならば、TISを含むITホールディングスグループの総力を挙げて、こうした付加価値の高いアウトソーシングを受注するのが最も利益率が高くなる。しかし、中国での有力な販路をまだ十分に築いていないTISにとって、今回全面開業した天津DCのサービスは主にビジネスパートナー経由での販売になる見込み。4月16日の開所式では、エンドユーザーだけでなく、北京・天津地区の地元有力SIerや通信会社などが多数集まった。金融系に限らず、流通・サービスや一般産業などを対象に、ビジネスパートナーと幅広い分野で協力関係を構築する。
売り上げ規模が軽く兆円台にいく日系コンピュータベンダーや、もともとDCビジネスに力を入れてきたテレコム系、地元・欧米の大資本と正面から闘うのは、物量面で及ばない。高付加価値の金融系基幹システムのアウトソーシングはしっかり押さえつつ、一方で、例えば中国で人気が高いネットゲーム系の運用を受注するなどして、天津DCの総容量である1200ラックを「できる限り早くフル稼働させる」(TIS海泰の丸井総経理)ことで、投資回収を急ぐ。
現在、DC床面積全体の6分の1に相当する500m2が稼働しているが、計画では向こう5年間で1200ラックすべてが稼働する予定。TIS海泰では「ここ1~2年で天津DCに相当する高スペックDCの投入が相次ぐ」と予測し、「他社が追いつく前に、第2、第3のDCを中国で立ち上げられる体制を整えることが、ビジネスを有利に進めるうえで欠かせない」と、スピード勝負だとみる。
追い風も吹く。中国には政府系企業によるDC設備は多いが、TIS海泰のようなプライベートな高機能DCはまだ少ない。「顧客主義に基づいた価値観を共有できる点で、とくに日本や欧米などの外資系企業からの引き合いは非常に強い」と手応えを感じている。とかく“お堅い”政府系DCより、SLA(サービスレベルアグリーメント)を前提として柔軟な対応が可能なプライベート系DCサービスへの需要が非常に高いというわけだ。
ITホールディングスの岡本晋社長は、3~5年のスパンで連結売上高全体に占める「海外売上比率を2ケタ台に高める」意向を示している。TIS海泰は、今はまだ同数%にとどまるグループの海外ビジネスを飛躍的に高める成長エンジンの一つであるとともに、日本の情報サービス業界がグローバル化できるかどうかの試金石でもある。
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“規制業種”の壁を乗り越える
世界有数の成長市場の中国だが、何かと規制が多く、とくに情報通信は金融と並ぶ“規制業種”となっている。こうしたなか、日本のSIerとして初めて中国に本格的な高機能データセンター(DC)の全面開業に漕ぎ着けたITホールディングスグループのTISの功績は非常に大きい。
とはいえ、開業までは苦難の連続だった。DCに欠かせない広帯域通信網を確保するため、香港とシンガポールに本社を置くパックネットと業務提携できたのは、開業を目前に控えた2010年2月。中国政府幹部やパックネット日本法人側面支援があって、「ぎりぎりのタイミングで高品質で安定した広帯域網を確保できた」(天津TIS海泰インフォメーションシステムサービス=TIS海泰の丸井崇総経理)と、裏事情を明かす。
ドタバタは、開業前夜まで続いた。4月16日、開所式の直前になって式典に参加する地元政府高官が会場への到着時間を変更。焦りを募らせる丸井総経理の携帯電話に緊急連絡を入れたのは、TIS海泰の株主で、TISに次ぐ出資比率をもつ天津海泰ホールディングスグループの幹部だ。「政府幹部の会場到着が遅れるのは仕方がない。ここで重要なのは、“なぜ遅れるのか?”と、絶対に政府幹部に問い質さないことだ」と助言。
日本ならば、役所に対して“納得のいく説明を…”と、つい言いたくなるところなのだが、中国でそれは御法度。積み上げてきた努力が水泡に帰すこともあり得る。他にも一般的な日本企業では知り得ない、中国ならではの商習慣が多数あったというが、海泰グループをはじめとする中国側の全面的な支援を得たことで、ほぼ計画期日通りにDCを全面開業できた。
成長途上の中国市場を開拓するには、未経験のハードルをいくつも越えなければならない。中国側の理解もさることながら、今後は、日系ITベンダー同士の横の連携も、ますます重要になろう。(安藤章司)