日本の医療費が35兆円を超えた。2001年に30兆円の大台に乗り、07年の33.4兆円から毎年ほぼ1兆円ずつ増え続け、09年は35.3兆円に到達。7年連続で過去最高を更新した。何も手を打たなければ、高齢化の進展などによってさらに増え続けることが懸念されている。医療費抑制で注目を集めるのがITシステムによる業務効率化だが、病院経営の厳しさやITベンダー側の事情が複雑に絡み合い、一足飛びに改善できないのが実情だ。
医療費35兆円超えの現実
膨張する医療費を抑制するには、ITによる診療情報の共有が欠かせない。地域の診療所と中核病院、専門病院、介護施設、健診センターなどをオンラインで結び、検査の重複などの無駄を省くことに主眼を置くという方策だ。実情をいえば、診療所や健診センターの検査で異常が見つかったにもかかわらず、そのカルテや診断情報が共有されないために、中核病院や専門病院でまた似たような検査をやり直すケースが散見される。症状が改善して、再び診療所や介護に戻った後も、情報が共有されないことによる非効率性がある。病院側からすれば、検査も重要な収入源の一つ。厳しい経営環境のなか、おいそれと自らの収入を減らすようなことは、できれば避けたいのが本音だろう。
医療・介護側ばかりにIT化が進まない原因があるわけではない。システムを納入するITベンダー側にも少なからぬ事情がある。まず第一に、地域で電子カルテや診療情報などを共有する連携医療を実現するためには、システムのオープン化が不可欠。これまで自社単独で囲い込んできた医療システムに慣れてきたベンダーにとって、オープン化には根強い抵抗を示す場面もみられる。とはいえ、技術面でのオープン化は着々と進む。例えば、厚生労働省の電子的診療情報交換促進事業「SS-MIX」や、国際規格で電子カルテなどをデータ交換する「HL7」、レントゲン画像などを共有する画像保存通信システム「PACS」については、国内の大手ベンダーでもほとんどの医療系システムで採用済み。
だが、あるSIer幹部は「すべてのデータがオープンなわけではなく、他社システムと連携できるのは基礎情報に限る場合が多い」と指摘する。一方、電子カルテを開発するベンダーは「当社ソフトで全部揃えてもらえれば、100%の情報共有ができる」(ベンダー関係者)ことを売り文句にしているケースもある。連携医療がいっこうに進まないことに業を煮やした政府IT戦略本部は、今年5月、「新たな情報通信技術戦略」を発表。翌月に公表した工程表では2013年度までに地域単位での連携医療の実現を目指す。医療費が35兆円を超える状況下、現状のままでは将来的に立ち行かなくなる恐れがある。医療・介護、ITベンダー、関係官公庁のギャップを早急に埋める必要に迫られている。(安藤章司)