国内企業・団体のコンプライアンス(法令順守)対応やコスト削減への要求が高まり、「IT資産の見える化」を実現するツールとしてPCクライアント管理ソフトウェアがIT市場の有望分野として浮上してきた。ソフトのライセンス体系が複雑化し、しかもスマートフォンや可搬性の高いUSBメモリなどの端末がビジネスの現場に普及するなど、IT資産管理が煩雑になっている。これを効率的に運用・管理するニーズが高まっているのだ。PCクライアント管理ソフト市場の現況や「売る側」である販売会社がソフトを売ることで得る付加価値などについて、ITベンダーを対象にしたマーケティング・プロデューサーを務めているインフォフラッグ代表取締役の神戸仁氏に聞いた。
 | (こうべ じん)1966年12月30日、北海道札幌市生まれ、44歳。IT業界では、某セキュリティ会社でマーケティング及び営業責任者を担当し、国内シェアをトップにした実績がある。2007年に同社を退社後、翌年に独立し、大阪府高槻市で新会社「インフォフラッグ」を設立。主にIT系企業のマーケティング支援、製品企画、販売戦略構築支援、組織戦略と人材教育を展開している。講演や執筆活動も手掛けている。 |
<市況感>
ピークは越したがニーズは依然高い
SAM体制の構築は必然
PCクライアント管理ソフトは、「個人情報保護法」や内部統制強化など新しい制度が後押しし、2005~07年頃に需要がピークに達した。PCクライアント管理ソフトの名称は、メーカーによって「PC資産管理」「ライセンス管理」などと異なるが、IPアドレスやインストールソフトなどのインベントリ収集、ソフトの一括配布やログ(操作履歴情報)の収集・分析機能、セキュリティ対策機能などを搭載していることは共通している。
需要がピークに達した当時は、ウイルス対策ソフトと同等レベルに、引き続き市場成長が期待された。だが、以後の伸び率は鈍化し、現在は「飽和状態にある」とまでいわていれる。ただ、「企業・団体は、IT資産管理に取り組まざるを得ない背景がある」と、神戸氏は、こう指摘する。
「パソコンが高額だった90年代当時のPCクライアント管理ソフトのニーズとは異なり、現在は、世界標準に準拠したソフト管理指針『ソフトウェア資産管理(SAM)Ver.2.0』が規定されるなど、IT資産管理に取り組まざるを得ない状況にある。大企業は情報漏えい対策が急務となり、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)取得に動いて管理強化を図ってきた。これと同じように、ソフトのライセンス形態が多様化するなかで、管理する側の作業が煩雑化して負担になっている。各ソフトメーカーが提示している『使用約款』に基づいて使用しなければ違法になるので、約款とインストール状況などを自動的に管理するツールは必須だ」

クライアント管理ツールはメインストリーム市場を形成しており、市場のピークであった2005~2007年では、市場における価値が重要視され実績が豊富なものサポートが良い物、取り扱い販売店が多く提案シーンの多い製品が選定される。顧客層もITに詳しく理解があり、先進的に対策を講じる層から実質的な必要性に迫られて購買する層へと変化している。今後はこれらのツールを導入することが一般的という市場が形成されITにほとんど無関心であったりそれほど価値を意識しない顧客層へも広がりを見せると考えられる。この顧客層へは従来のような製品重視や市場重視とは違う価値観で、企業重視。つまり、どの会社が開発しどの会社が販売してサポートをしてくれるのかという企業重視の価値観へと関心が変化していくものと考えられる。戦略性があり企業として社会的にも安心感、安定感のあり、全国にサービス/サポート拠点があるなどのメーカー、ベンダーがシェアを獲得していくものと考えられる。 <需要予測>
大規模入れ替えが活発化
「わかりやすさ」がキーポイント
神戸氏によれば、PCクライアント管理ソフトの需要が伸びる素地は、現在も市場にあるという。そうした見込みと異なり、PCクライアント管理ソフト市場が伸び悩むのはなぜか。神戸氏の説明によれば、販売する側であるベンダーの認識の問題やメーカーが乱立したことで価格競争に陥っていることなどに要因がある。
「国内では、PCクライアント管理ソフトの市場が伸びるか否かは、有力なベンダーが前向きに販売するかどうかで左右される。最近、こうしたベンダーでは、PCクライアント管理ソフトに搭載されているログ管理機能などセキュリティを売るプライオリティ(優先順位)が下がっている。だが、IT資産管理という切り口でいうと、需要は高いはずだ。事実、これにまつわる新たな機能価値を求め、既存のPCクライアント管理ソフトから別のソフトに入れ替える大手企業の動きが加速している」
ところが、売る側にしてみると、メーカーが乱立して価格競争に陥り、低価格化したことで、“儲からない商材”になってきた。しかし、「新しい価値や目新しさを訴求し、ユーザー側で選定ポイントになっている操作性や使いやすさなどが伴ったツールであれば、販売会社もプライオリティを上げてくる。PCクライアント管理ソフトを導入し、ライセンスのトレーサビリティが確実にできれば、無駄なソフト購入を避けることができるなど、管理負担が軽くなるだけでなく、コスト削減にもつながることを訴求できれば、なおさらだ」と神戸氏。
ただ、実際に競合他社のソフトをひっくり返し、自社ソフトの新規導入を増やしているメーカーは「20~30社が乱立するなかでほんのわずかしか見当たらない」と神戸氏はいう。「これまで述べてきた訴求ポイントの条件を満たしていることを前提として、ユーザーの要望に応え、適宜機能強化ができ、将来にわたって製品を出し続け、保守・サポートの充実度を含めたトータルな提供ができるメーカーが売り手に受け入れられている」。さらにこう付け加える。「選定の関心は企業重視への価値観へと移行していく。技術的には、多くの特許を所有するなど第三者評価が高い製品ほど安心感を与える。メーカーの事業規模も単一のプロダクトやサービスに特化しているより、幅広く事業展開し、国内全土を幅広くサポートできる拠点があるなども価値観の一つだ。さらに、メーカー側のセキュリティに対する取り組みも重要。開発メーカーとしての品質を保証する第三者機関の認証であるISOやPマークを取得しているなど、製品提供するメーカーが責任を果たしている証左といえる」
実績を上げているメーカーを例にとると、パソコン台数規模が500台以上のユーザーでは、競合製品からの入れ替えが約半数を占めている。各メーカー製品には、それぞれに独自の特徴があるものの、大きな機能差はみられない。神戸氏が示したメーカーやメーカーが開発した製品の安定感といった前述の条件に加え、「ユーザー・インターフェイス(UI)がわかりやすいPCクライアント管理ソフトは、販売する側も説明がしやすく、ユーザー側への提案もしやすい」。販売数を伸ばすには、こうした点を勘案した配慮が必要だ。

上段にはその当時に要望が多かったまたはよく利用されていた代表的な機能を網羅している。下段の矢印は、活用シーンや上段の機能を求める背景を記載している。2010年以降は機能を求めるというよりも多様化する端末やソフトライセンスを効率よく管理できてコスト削減に繋がるもの。管理ツールで得られる情報も資産として活用できる機能などが搭載されることでクライアント管理ツール市場は飽和することなく発展していくと考えられる。 <売れる条件>
氾濫するUSB対策の要求高まる
新端末の管理ニーズも顕在化
PCクライアント管理ソフトの「売れる条件」をここまで挙げてきたが、このほかに「選ばれる」うえで重要なキーワードとなっているのがUSBメモリの管理だ。昨年末の「尖閣諸島衝突事件」では、海上保安庁の職員が衝突現場の映像をUSBメモリに収めてデータを持ち出し、ユーチューブに流出させた。もっとも、この事件が起きる前から、大量データを簡単に持ち運べる端末としてUSBメモリは、一般企業や官公庁・自治体、学校などで重宝され、利用増大に伴って事故も増えていた。そのため、PCクライアント管理ソフトに限らず、USBメモリからの情報漏えい対策を機能化した製品は、ここのところ相次いで登場している。
USBメモリの管理のあり方について、神戸氏は、「機密情報が大量に情報漏えいする危険性と背中合わせにある」と述べたうえで、その管理方法について、次のように説明する。
「USBメモリの管理に関しては、あまり頑丈に管理すれば、USBメモリ本来の特性である可搬性が損なわれる。逆に、使用を野放図にすれば、情報漏えいの危険性が増す。USBメモリの使用を極力制限して、通常は使用不可にする対策が、最も有効で現実的だ。ただ、現状、社内で何本が利用され、どの端末と接続して使われているか、あるいは会社支給のUSBメモリなのかどうか、といった現況を棚卸し、全体を把握する必要がある。また、誰が使用して、どういうデータをコピーし、どんな作業をしたかなど、操作履歴を残す必要性が高まっている」。こうした機能を搭載したPCクライアント管理ソフトはニーズが高いという。
「現状を把握することはもとより、盗難や紛失に遭った場合に、その影響を迅速に把握して対策行動をとれる体制にすることと、データの取り扱いに関するポリシーを定めておく必要がある」と、神戸氏は指摘する。そして、こうした複合的な機能が備わるPCクライアント管理ソフトへのニーズが高まると見込んでいる。さらに、最近ではスマートフォンやiPadに代表されるスレート端末がビジネスシーンで使われる頻度が増えている。こうした新しい事象を神戸氏は、こうみている。
「新しい端末の管理ニーズは当然出てくる。だが、現時点ではその端末のソフト管理をする要素よりも、情報漏えい対策としての機能が要求されそうだ。具体的には、アドレス帳や電話・メールの送受信履歴など、使用端末の利用状況を知る必要性は出てくる。もしもの時に、影響度を知るためだ」
<将来見通し>
SaaSの効果はまだ不明瞭
新しい価値の創造が先
最後に、現在市場に投入されているPCクライアント管理ソフトが、時代の要請に応じてクラウド/SaaSに対応し、サービス提供すべきかという点を聞いた。これについて神戸氏は、このような考えをもっている。
「現状では、SaaS環境で利用する価値を明確に示すことができているメーカーは見当たらない。セキュリティ対策でもいわれてきた永遠のテーマだが、警察庁の調査報告書にある通り、どこまで資金を投じれば、どの程度の効果が得られるのかが、ユーザー側に示されていない。SaaS提供する場合、ユーザーに付加価値を与えられる新たなビジネスモデルを構築しなければ、ヒットサービスにならないだろう。例えば、定期的なパッチ処理がネットワーク越しにできたり、通信の遮断が許されないログ管理のために、通信機器の遠隔監視サービスをサードパーティと組んで展開できる。また、パッケージは1社完結型の導入だが、SaaSになればメーカー側に複数ユーザーの運用情報が集まるので、こうした定量データをもとに、より的確なIT資産管理を行える可能性はある」
クラウド/SaaS型でPCクライアント管理ソフトを提供することは、将来的にメリットをもたらすだろうが、「現状では見出せない」というのが神戸氏の見解だ。国内のPCクライアント管理ソフト市場は、「飽和状態」と言われて久しいが、ネットワーク機器とアクセス管理を含め、利用形態の変化に応じた機能拡充や提供方法の変更、販売方法の改善などを施すことで、まだまだ需要を喚起できそうだ。

クライアント管理ツールがパッケージからSaaSで展開するとしたら、操作ログを取得するというセキュリティ対策だけでは本質的なニーズに応えられない。上記のデータを補完するような新たなサービスや付加価値を提供できるビジネスモデルが構築できればSaaS(クラウド)で提供する意義は大きくユーザメリットも大きい。