IT投資の復活を期待した2010年。どん底を味わった09年に比べれば上向いたものの、期首に立てた計画値の達成は「予想以上に難しい」。それが、2010年末のIT業界内で共通した声だった。「この先以降も不透明」との見解も一致している。踊り場を抜け出せないIT業界。打開策は何か。この特集では、SIerやITサービス企業のなかでも中堅クラスのIT企業に焦点を当て、厳しい環境にあっても、それを乗り越えようと立ち向かうIT企業の姿を追った。(取材・文/木村剛士)
【新ビジネス創出編】グローバル、クラウド時代の新事業
新たなビジネスへの挑戦は、売上高を伸ばすためには重要な要素。IT企業も設備投資や人材育成費用、研究開発費を削りがちだが、投資を惜しまず新ビジネスを立ち上げようとしているIT企業が存在する。キーワードは、クラウドとグローバルだ。
Challenge1 データセンター
130億円を投じ
横浜に大型施設建設 「情報システムは“所有せずに、利用する”形態が主流になる」という予測は、確実に現実味を帯び始めている。その流れを見越して、多くのIT企業がデータセンター(DC)の建設を急いだ2010年。なかでも富士通グループの富士通エフ・アイ・ピー(富士通FIP)の存在が目立った。同社は中堅のユーザー企業向けアウトソーシング事業に強く、10年度(11年3月期)の売上高は940億円(単体)を見込む。
横浜市内にDCを完成させ、10年12月1日に稼働を始めた。驚くのは、その規模である。延床面積約1万6000㎡で、2000ラック分のサーバーが収容可能。それだけではなく、需要に応じて、延床面積は約2万6000㎡、4100ラックまで拡張できる。その投資額は約130億円。同社の杉本信芳社長は、「富士通のDC『館林システムセンター』とそん色ない設備」と胸を張る。今回のDCを含めて、富士通FIPは国内16か所でDCを保有することになる。これを前面に打ち出して、中堅クラスのユーザー企業からのアウトソーシングとクラウドサービスの案件獲りに動き始めている。
杉本社長はスタートダッシュに強い意気込みを示す。「11年1月27日に開所式を行うが、社内ではそれに合わせて“トップガン作戦”と呼ぶ施策を展開している。開所式までに『400社、700人のユーザーに横浜のDCを提案してこい!』と社内に発破をかけている。12月9日時点で325社、526人まできた。あともうひと踏ん張り」と表情を引き締めながら話す。提案・営業活動には「iPad」を活用。まずは約30人の営業スタッフに、iPadを貸与し、静止画、動画を交えながら横浜のDCの魅力を伝える活動で首都圏を中心に進めているところだ。

富士通FIPのデータセンター(写真は横浜港北の施設)
Challenge2 ERPパッケージ
グローバル意識し
競合製品でも担ぐ 売上金額が多く、SIerにとって魅力的なビジネスの一つに、基幹業務システムの開発プロジェクトがある。2010年、景気後退でIT投資を控えたユーザー企業は、基幹業務システムの刷新を見送ったケースが多かった。だが、何社かのERPパッケージメーカーは、11年に入ればプラス成長すると見込む。ERPパッケージの「GRANDIT」をコンソーシアムを組んで開発するインフォべックの山口俊昌社長は、「2011年は前年比で20%は伸ばす」と強気だ。国際会計基準への対応や、海外に進出したユーザー企業が海外子会社を含めたERPを構築したいという機運が高まっていることが、挑戦的な目標を立てた背景にある。
そのなかで、新たなERPパッケージを担いでERPビジネスを伸ばそうと目論むのが、ソフト開発の富士通システムソリューションズ(Fsol)だ。富士通グループ最大のシステムエンジニア(SE)を抱え、従業員数は約2800人、10年度の年商は776億円を見込んでいる。
SAPジャパンのERPを活用した基幹業務システム構築事業を、11年度(12年3月期)に立ち上げる。3年間で1.5億~2億円を投じて、SAPのERPに精通した技術者を育成する計画で、本気だ。
富士通グループには、「GLOVIA」というERPパッケージがある。SAPのERPとは競合にあたるが、ユーザーによってはブランド力があるSAP製品を指名してくるケースもある。最近ではとくに、「Fsolのユーザーのなかでも、海外に拠点をもつ企業も増えてきた。海外子会社を含めたERPの構築を提案する際は、SAPは外せない。メニューの一つとして揃える必要があった」と、杉本隆治社長は実情を語る。
自社のSEを育成するだけでなく、富士通内にいたSAP製ERPに長けたSEを移管し、「12年度には300人体制でSAP関連ビジネスを推進する」(杉本社長)ことを計画し、グローバル時代に適したERP事業を育てる。
Challenge3 Google Apps
SIからのシフト
サービス事業の切り札  |
日本事務器 田中啓一社長 |
年商約250億円、従業員数約1000人の老舗SIerである日本事務器は、2011年から本格的に「Google Apps」の販売を始める。NEC製品のオフィスコンピュータの販売に強く、日本事務器の強みといえば、ハードの販売力であり、カスタマイズソフトの開発力であったりする。しかし、田中啓一社長は、トップ就任時からサービス事業への思い入れが強く、クラウドの流れを察知し、09年からサービスビジネスへと徐々に舵を切り始めていた。
同社は09年に「Google Apps」の正規販売代理店となったが、社内利用や特定の顧客に提案する程度で、付加価値やサービスメニュー、値付けなどを模索してきた。「ある程度の準備ができた」と田中社長は認識しており、11年は本格展開する時期とした。
「正直にいえば、既存のSIビジネスと比較すると、売り上げ規模は小さい。ただ、既存のSIビジネスだけにしがみついていれば、生き残っていけないことは確実だ。既存のSIビジネスと『Google Apps』に代表されるクラウドサービスを組み合わせながら、新たなビジネスモデル、利益構造を確立したい」と、田中社長は同社が向かおうとしている方向を示す。
・【海外市場開拓編】に続く