金融商品取引システム開発のシンプレクス・ホールディングス(金子英樹社長)は、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)のデータセンター(DC)サービスを活用した個人投資家向けの取引システム「Voyager Trading Cloud(ボイジャー・トレーディング・クラウド)」を今年6月に本格稼働させた。個人投資家向けでは世界最速級の処理速度を誇るもので、クラウド方式でサービスを提供している。
シンプレクス・ホールディングス
会社概要:「金融フロンティア」と呼ばれる世界最先端の金融商品取引システムの開発で急成長を続けている。今期(2012年3月期)連結売上高は前年度比16.8%増の175億円の見込みで、11期連続増収を目指している。
DCサービス提供会社:日本ヒューレット・パッカード
サービス名:データセンター(DC)サービス
Voyager Trading Cloudのシステム構成とその効果
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| 日本HPの福田励至・エンタープライズサービス営業統括本部金融営業部ITO担当スペシャリスト |
シンプレクスが新しく稼働を開始したシステムは、証券や外国為替証拠金取引(FX)などを手がける金融機関向けに提供するもので、最終的に利用する主なユーザーは個人投資家を想定している。クラウド方式なので、その中核設備としての高スペックなDCは欠かせない。シンプレクスグループでは、ソフトウェア開発と並行してDC事業者の選定を進めた。10社ほどのDC事業者をピックアップして、情報セキュリティレベルや価格など、まずは基礎的な条件で絞り込んだ結果、通信キャリア系と警備会社系、日本HPの3社が残った。
シンプレクスが担ったソフト開発では、これまでの取引システムで処理速度のボトルネックになっていたデータベース(DB)をオンメモリ化。取引処理に必要な大量のDBをハードディスクドライブ(HDD)ではなく、メモリ上で展開することで高速処理を可能にした。さらに、クラウド型のアーキテクチャであるにもかかわらず、仮想化技術を使わず、ハードウェア上に直接、OSやミドルウェア、アプリケーションを載せることにした。
拡張性が重視されるクラウド方式では、サーバーを仮想マシン(VM)化し、システムの柔軟性を飛躍的に高める手法が一般的だ。しかし、開発を担当したシンプレクスグループの一社であるシンプレクス・コンサルティングの杉浦英和執行役員は、「VMでは速度が出ない」として、仮想化を用いないサーバーファーム方式を採用。サーバーファームとは、まるで“牛を牧場に放つ”ように、あらかじめ物理サーバー(牛に相当)をDCに放っておき、必要になったとき、すぐに“牛”をあてがうことで拡張性を保つ仕組みだ。これによって、例えば注文執行レイテンシー(注文処理に要するシステム内部での所用時間)は、従来の最短100ミリ/秒から、最短8ミリ/秒へと大幅に短縮した(図参照)。
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シンプレクス・コンサルティング 杉浦英和執行役員 |
日本HPで案件を担当した福田励至・エンタープライズサービス営業統括本部金融営業部ITO担当スペシャリストは、「クラウドで仮想化を使わないのは極めて珍しいケース」としながらも、営業面では、実はこの点に早くから着目していた。高い情報セキュリティはもとより、処理速度を必要としながらも、サーバーファームは“放牧”に使うDCのスペースをあらかじめ用意しておかなければならない。「シンプレクスの業績の伸びや将来性を見越して、DCのスペースを多めに確保した」(福田スペシャリスト)という日本HPの対応を評価するかたちで、シンプレクスは同社のDC活用を決断した。
シンプレクスは、今回のDCサービス選定で、グローバル展開の条件は入れていないというが、日本HPは「ユーザーの将来的なグローバル展開も視野に入れつつ、当社グローバル対応のDCサービスを積極的に提案していく」(福田スペシャリスト)という。
“金融フロンティア”領域と呼ばれる世界最先端の金融商品取引システムだけに、イノベーションを伴うシステム拡張やグローバル対応の側面で、HPグループのノウハウや知見が、今後、より生かすことができる事例といえそうだ。(安藤章司)
3つのpoint
・DCサービスの中身は多様。自らのシステムに適したDCを選ぶ
・ユーザーが望む処理速度や高度なセキュリティレベルを実現
・拡張性に富んだクラウドの特性を生かせるDCサービスを提供