野村総合研究所(NRI、嶋本正社長)は、証券総合バックオフィスシステム「STAR-IV」の追加開発を本格的に拡大している。およそ1年半の開発作業期間中に、延べ3万人の開発人員を投じ、ピーク時では月間2000人月に達する巨大プロジェクトだ。だが、これは野村證券のリテール証券向け基幹システムを共同利用型サービスへと移行するもので、将来的にNRIの主要顧客の1社である野村證券向けカスタムソフト開発の売り上げが減ることを意味している。(安藤章司)
延べ3万人の開発人員を投じる
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| NRI 嶋本正社長 |
共同利用型サービスの「STAR-IV」は、これまで準大手・中堅の証券会社が主なユーザーだったが、証券業界最大手の野村證券が加入することで、業界のデファクトスタンダードの地位を手にできる見込みだ。現行の「STAR-IV」では、野村證券の巨大システムの要件は満たせないため、延べ3万人月を動員し、2011年から2012年にかけての約1年半の間に不足要件を補う開発を行う。野村證券へのサービス開始時期は2013年初めを予定している。
しかし、デファクトの地位を得るのと引き替えに、今回のプロジェクトはNRIの自己投資が多く含まれている。もともと「STAR-IV」はNRIの独自サービスであることから、野村證券の利用を受け付けた時点で、自らの投資による機能追加は避けられなかった。実際、2012年3月期のソフトウェアなどのNRIの無形固定資産は前年度より70億円余り増える見込みで、この増加分は、「STAR-IV関連の今期分のプロジェクト規模だと思ってもらってかまわない」と、NRIの嶋本正社長は話す。もちろん、野村證券だけが使う機能で、他社との共同利用が難しい箇所は代金をもらって個別開発を行うものと推察されるが、原則として「STAR-IV」の開発はNRIの先行投資である。
もう一つ、「STAR-IV」へ移行した分の野村證券の基幹業務システムの存在がなくなることの影響も無視できない。昨年度(2011年3月期)ベースで連結売上高の23.3%を野村ホールディングス向けの売り上げで占めているNRIだが、「個別のカスタム案件は今後、減る可能性が高い」(嶋本社長)と、基幹業務システムに関連する改修や追加のソフト開発が減る見込みを示す。逆に野村證券は情報システム投資を削減することができる。つまり、「STAR-IV」プロジェクトは、機能追加の先行投資の負担増に加え、野村證券向けのカスタム開発を減らすリスクをNRIが負う一方、ユーザー企業のIT投資は軽減される構図にある。顧客満足度や市場での競争力を考えればサービス化は避けられないと捉え、NRIは自ら率先して「STAR-IV」プロジェクトを進めてきた。
ここ数年、急速に普及が進むクラウド/SaaSのビジネスモデルは、実はNRIの「STAR-IV」プロジェクトとの共通項が多い。クラウド/SaaSの場合、ユーザー企業は原則としてハードウェアなどの資産を保有しない。SIerは先行投資によって独自のクラウド/SaaS商材の開発をせざるを得ず、さらにユーザーの移行後は、これまで個別に行ってきたカスタムソフトの開発ボリュームが大幅に減少する。NRIの直近のシステム構築(SI)事業のうち8~9割がカスタムソフトで、残りがクラウド/SaaS、共同利用などのサービス型が占めるというが、「5年後くらいには、手組みのカスタムソフト開発とサービス型は半々になっている可能性もある」(嶋本社長)とみる。
カスタムソフト開発の比率が下がれば、開発人員の需要が減る。ポイントは、この減少のテンポよりも早く、サービス型へ移行できるかどうかにかかっている。NRIでは、地方銀行向けのネットバンキングシステムや、ネット専業銀行向けの共同利用システム、銀行向けの投資相談システムなど銀行業界に向けたサービス展開を急ぐ。ネットバンキング共同運用サービス「Value Direct」は2012年1月にサービスを開始する予定で、すでに4行の利用が決定。向こう5年で20行での利用を目指す。証券で培った金融ノウハウを横展開する考えだが、ニーズを掴めば第二、第三の「STAR-IV」型の大規模開発につなげられるはずである。

野村證券のSTAR-IV導入プロジェクトの工程イメージ
表層深層
手組みのソフト開発が伸び悩むなか、今回のリテール証券向け共同利用型サービス「STAR-IV」への移行プロジェクトは、協力会社も含めて業界全体に強いインパクトを与える規模感である。さらには、このプロジェクトでNRIはクラウド/SaaSに通じるサービスモデルへ大きく舵を切った事実も見逃せない。
NRIがサービス型へスピード感をもって踏み出すことができる条件として、資金的な力量に加え、売上高に対する従業員数の少なさも挙げられる。2011年3月期のNRIは連結売上高3263億円で従業員数は約6500人、売上高ベースでほぼ並ぶ業界トップグループのITホールディングス(ITHD)は売上高3231億円で従業員数約2万800人。カスタムソフト開発のボリュームが多少減ってもNRIレベルの人員規模なら社内の配置換えで十分対応できそうなものだが、それでも同社の嶋本正社長は「カスタムソフト開発が減ることに一抹の不安はある」と、雇用の維持に神経をとがらせる。
2013年3月期には、約200億円を投じてNRIは5か所目のデータセンターを首都圏に竣工する予定だ。インフラ面でもサービス化対応への準備を着々と進める。もともと同社は、コンサルティング→SI→アウトソーシング(サービス)のコンビネーションで業界トップクラスの利益率を保持してきた優良SIerだけに、サービス化へのより一層のシフトは、数年後のビジネスモデルを推進する面からも業界に少なからぬ影響を与えそうだ。(安藤章司)