中小企業向けのクラウド市場は、急成長が予想されている。タレントマネジメントやビジネスインテリジェンス(BI)は、まったく新しい分野としての商機を秘めている。しかし、多くの中小企業のITリテラシーは決して高くない。クラウドの認知度は高まっているものの、導入にまで至るケースはまれだ。ベンダーには、中小企業がクラウドを理解するのを手助けする情報提供が求められている。(文/信澤健太)
figure 1 「実態」を読む
クラウドへの理解はまだ不十分
調査会社のノークリサーチによると、年商5億円以上50億円未満の企業向けのクラウド市場規模は2010年度が21億円で、11年度は35億円となる見込み。12年度以降は、急速に市場が拡大すると予測している。しかし、中小企業の間では、いまだにクラウドへの理解が十分に進んでいないのが実情。情報処理推進機構(IPA)の調査によると、クラウドの認知度は72.7%と高いものの、大多数がクラウドサービスの導入を検討するまでには至っていない状況にある。すでにクラウドサービスを利用している企業は、システム導入・運用の容易さやコスト削減効果について高く評価しているが、導入を見送った企業はサービスの価格に納得できず、コストに強い懸念を抱いていることがわかった。「従来のITシステムとの比較だけに注目していると、クラウドの導入効果、トータルでのコストメリットを正しく評価できない」とIPAが指摘するように、クラウドに対する理解度の差がこうした評価の違いの原因になっている可能性がある。
クラウドの認知度と利用状況
figure 2 「提供分野」を読む
電子メールやグループウェアなどでクラウド利用が進展
クラウドサービスの利用が比較的進んでいる分野は、電子メールやグループウェア、データストレージ、アンチウイルス、セキュアファイル転送だ。IPAによると、営業支援・顧客関係管理(SFA・CRM)、財務会計などのバックオフィス系アプリケーションは、無料と有料、合わせて20~30%程度の利用率にとどまっている。グループウェア市場では、年商500億円未満の中堅・中小企業市場でトップシェアのサイボウズが矢継ぎ早にクラウドサービスを発表。競合のグーグルや日本IBM、日本マイクロソフトなども事業の強化に取り組んでおり、熾烈な勢力争いが予想される。対照的に、財務会計をはじめとする基幹系システム市場では、ピー・シー・エーなど一部を除き、主要ベンダーはクラウドサービスの提供には慎重な姿勢をとっている。CRMのクラウドサービスの利用が進んでいるのは中堅規模以上の企業で、調査会社のアイ・ティ・アールによると、2009年度(3月期ベース)に初めてパッケージ型市場を上回った。
利用している、導入を計画しているアプリケーション
figure 3 「有望分野」を読む
大企業に追随する中小企業の動向に要注目
多くの中小企業は、TCOの削減やビジネススピードの向上、セキュリティ・ガバナンスの向上などのメリットを正しく理解していない。ベンダーに必要なのは、手軽に利用できることや業務に直結して効果を実感できるサービスとして提案することだ。業務アプリケーションを含めて手軽に利用できるDaaSとして、日立システムズの「Dougubako」が挙げられる。
「SMBが大企業の動向をみて追随する動きがあるのではないか」(ガートナー ジャパンの本好宏次・リサーチ部門エンタープライズ・アプリケーションリサーチディレクター)という分析にも留意しておきたい。大企業で活発な人事系システムのクラウドサービス利用や米国で注目されている生産管理のクラウド化の動向が、中小企業のクラウドサービス利用に影響を与える可能性がある。なかでもタレントマネジメントシステム市場では、独SAPがトップベンダーのサクセスファクターズの買収を発表したり、外資系ベンダーが国内市場に参入したりして、商機を見出したプレーヤーが事業を拡大している。2012年以降は、本格的な盛り上がりが期待できる。ビジネスインテリジェンス(BI)への関心が高まり、多額の投資をせずにオンデマンド分析ができるBI機能のクラウドサービス利用が進むことも予想される。
盛り上がりが期待できる分野
figure 4 「方向性」を読む
プレーヤーは数年をかけて集約に向かう
タレントマネジメントやBI機能のクラウドサービス利用に加えて、パッケージの販売で多くの実績をもつベンダーがクラウド事業に参入していけば、クラウドサービスの普及を後押しする好材料になる。基幹系システムの分野では、トップベンダーの弥生が「弥生オンライン」の提供を開始することで、クラウドサービスの利用状況や競合ベンダーの態度が変わる可能性がある。
ベンダーにはクラウドサービス提供と合わせて、不安解消や判断を手助けする情報提供がよりいっそう求められていく。クラウドサービスを未導入の中小企業はコストに関して最も懸念し、次にセキュリティ面を心配している。そして、セキュリティを確保する体制がベンダー側に整備されていることと、専門家による第三者的評価が実施されることを望んでいる。
今後競争が激化すれば、“なんちゃって”クラウドサービスを提供したり、ユーザー数が伸び悩んだりするベンダーは表舞台から姿を消し、集約されていくとみられる。ネットスイートの田村元社長は、「適当にクラウド、SaaSと名乗っているベンダーが少なくないが、数年かけて淘汰されていくだろう。ただ、日本には本当の意味でのクラウドベンダーがおらず、ユーザー不在の議論が多いのが実情。クラウドの啓発活動を行っていく必要がある」と指摘する。
新規参入からから淘汰の時代へ