SAPジャパン(安斎富太郎社長)は、中小企業向けERP(統合基幹業務システム)の「SAP Business One」事業へのテコ入れを行っている。2004年6月の国内発売以来、販売は苦戦してきた。機能強化やチャネルビジネスの推進を通じて、中小企業市場の攻略を目指す。(信澤健太)
SAPジャパンが、3月22日、中小企業向けERPの新版「SAP Business One 8.82」の提供を開始した。包括契約やマーケティングキャンペーン管理の機能を新たに実装したのが特長だ。包括契約機能は、取引先との長期販売契約や購買契約を管理する機能。一方、マーケティングキャンペーン機能は、マーケティングイベント情報の登録や更新、分析をする機能だ。
同社は中小企業市場の開拓にあたって、社内営業部門の販売体制の強化やパートナー企業との協業の深耕を打ち出している。具体的には、パートナーとの共同マーケティングや各種イベントの展開、デモンストレーションセンターの設立などである。金田博之・パートナー&ゼネラル・ビジネス営業統括本部チャネル営業本部本部長は、「社内の構造改革に取り組み、インダイレクトビジネス(間接販売)専任の営業体制を構築した。これまで中堅・中小企業(SMB)は当社にとってホワイトスペースだった。パートナーとの協業を深め、一気にカバレッジを広げる」と説明する。
「Business One」は、年商100億円強の中堅企業からの引き合いが伸びている。会計システムを中心に導入し、海外子会社を含めたカネの流れをきちんと把握しようとする企業が多いという。例えば、部品メーカーは、中国をはじめ、タイやベトナムなどのアジア新興国に積極的に進出し、ERPの導入に踏み切っている。そんな企業に向けて、会計システム単体ではなく、在庫管理や調達を含めた提案を積極的に行っている。
「SMBでもグローバル化は必須になってきている。『Business One』は多言語対応し、グローバルでのマーケットニーズに応えられる点が支持されている」(金田本部長)。佐藤知成・バイスプレジデントパートナー本部本部長は、「以前は、国内向けの閉じたコンペティション(競争)で販売活動を展開していたが、これを転換した」と、販売戦略の変更を説明する。
なお、本社の大規模なSAPシステムと子会社の「Business One」のシステム間連携が必要な場合には、「SAP Business One Integration for SAP NetWeaver」という無料ツールを提供し、データを加工してそのつど受け渡しできるようにする。
中長期的にみれば、「Business One」のテコ入れは、SMB向け事業とパートナービジネスの拡大戦略を受けたものだ。すでに2010年、SMB専任の営業部隊やインサイドセールス(内勤営業)の増強に加え、「PartnerEdge Program」によるチャネルパートナー販売を強化。その年の8月1日付で、地域統括営業本部からチャネル営業部を分離して、チャネル営業本部に昇格させた。SMBを中心に、市場セグメントに関係なくパートナー支援ができる体制となっている。
2011年8月には、安斎氏が新社長就任の際の記者会見で、パートナービジネスを強化する方針を表明。2015年までに、売り上げ全体の40%をパートナーとの協業で稼ぎ出す目標を掲げている。
意気盛んではあるが、「Business One」事業は、ここ数年、順調だったとはいえない。佐藤バイスプレジデントは、「日本での立ち上げ時から事業に携わっているが、品質が不安定で機能面では他社製品に比べて若干見劣りがしていた」と認める。好業績をけん引していた大企業向けプロジェクトにリソースを取られ、十分なリソースを割いていなかったことも、事業の妨げになっていたという。
安斎社長は、「社内の営業担当者のなかにも、『Business One』はもうやらないのではないかと思っている者がいた」と打ち明ける。そこで、7月から8月にかけて、「そんなことはない」と、社内にもパートナー向けにもメッセージを発信したという。
現在は継続的に取り組んできた製品強化によって、「非常に充実した機能を装備した」(佐藤バイスプレジデント)と強調。マーケットニーズの高まりに対応する姿勢を示す。今年度は上半期だけで、昨年の通期の実績を2倍強を上回る見込みだ。

佐藤知成バイスプレジデント(左)と、金田博之チャネル営業本部本部長
今後は、すでにグローバルで提供している「SAP Business One OnDemand」ソリューションや「SAP HANA」で強化された「SAP Business One」用のアナリティクスソリューションを、国内でもリリースする予定。金田本部長は、「パートナーがオンプレミスだけでなく、クラウドやモバイル環境でも提案できるように門戸を開放する。詳細はこれから詰める」と語る。
表層深層
SAPジャパンでいまいち影の薄いERPだった「SAP Business One」。ここへきて再度、事業の強化に乗り出している。
一方で、戦略の方向性に関してはやや懸念される点がある。ガートナージャパンの本好宏次エンタープライズ・アプリケーションリサーチディレクターは、「SAPの中堅・中小企業向け製品ポートフォリオ内における重複や内部競合がみられる」と指摘。長期的な製品ロードマップや開発計画が若干不透明であるともみている。
クラウド戦略については、買収したタレントマネジメントシステムベンダーであるサクセスファクターズのCEOの方針によって見直される可能性があるという。
国内の主要なパートナーがクラウド版をどのように受け入れるかはまだ未知数だ。ノークリサーチの岩上由高シニアアナリストは、「NECネクサソリューションズはEXPLANNER for SaaSや奉行のASP、富士通マーケティングはGLOVIA smart きらら、といったように競合となるサービスをすでにもっており、積極的な展開は期待できない」と話す。
ただ、「Business One」の位置づけはグローバル進出企業向けに変わっている。「国内では競合するITベンダーでも、海外では『Business One』を提案してもらうなどの可能性も考えられる」と、佐藤バイスプレジデントは語る。これは擬似的な2層ERP戦略で、本社と子会社間システムの連携性確保などが課題に上るだろう。