医療情報システムが拡大基調にある。原動力になっているのは、システムの中核的存在である電子カルテの販売増だ。2011年に2814億円だった電子カルテ製品の売り上げは、2013年には約700億円増の3512億円へと伸びる見込み。病院や診療所が連携する地域医療ネットワークが進展し、そのネットワークをスマートコミュニティやビッグデータ分析の基盤として機能させるという将来構想もある。(文/安藤章司)
figure 1 「市場規模」を読む
中小病院の電子カルテ普及率は22%にとどまる
医療情報システムは、中核を占める電子カルテを中心に拡大基調にある。保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の調べによれば、電子カルテの2011年の売上高は2814億円で、2009年の2086億円から700億円余り増えた。この背景には、電子カルテの普及が依然として行き渡っていないという実状がある。JAHISの資料をもとにした日立メディコによる集計によれば、2011年の200床以上の中規模以上の病院での電子カルテ普及率は約61%だったが、20~200未満の中小病院での普及率は22%、診療所も同じ水準にある。2015年には中規模以上の病院で74%、中小病院で50%程度に普及率が高まると予測されており、向こう数年は電子カルテ導入の需要が一定水準で維持されるものと期待されている。ただし、電子カルテ単品での販売はすでに限界に達しており、病院と診療所の連携といった地域医療ネットワーク化の流れのなかで電子カルテビジネスを捉える必要がありそうだ。
病院、診療所における電子カルテの普及率
figure 2 「シェア」を読む
メーカー系が大病院で強みを発揮
電子カルテのシェアは、富士通がトップに立つ。2010年時点の全病院約8600か所のうち、電子カルテを導入している病院数は1375か所。富士通の調べによれば、富士通が33%、ソフトウェア・サービスが17%、シーエスアイが14%、NECが13%のシェアを占める。富士通やNECなどの大手コンピュータメーカーは大手病院に強く、ソフトウェア・サービスは中堅・中小病院に強い。診療所の電子カルテの状況をみると、パナソニックグループ(三洋電機)やダイナミクス、ビー・エム・エル、ラボテック、富士通などが上位に名前を連ねる。診療所は全国約10万か所と、数は多いものの、大病院に比べて電子カルテ導入の投資対効果に限りがある。また、事業規模そのものも小さいので、導入時のシステム単価は自ずとコストパフォーマンスにすぐれた製品を求める傾向がある。JAHISでは2015年の診療所の普及率を44%程度と見込んでいるが、短期的には地域の中核病院のように100%近くまでに到達することはないとみられる。
病院の電子カルテのシェア(2010年)
figure 3 「拡大要因」を読む
地域医療ネットの拡大がポイント
JAHISは、電子カルテとオーダリングシステム(検査・処方関連の情報伝達システム)、医事会計(レセプトコンピュータ)などの主要医科システムについて、2013年の市場規模を4364億円と予測している。2011年に比べて440億円ほど拡大する見込みだ。電子カルテだけをみると、13年には11年比で約700億円増える見通しで、医療情報システムは電子カルテがけん引していく様子がみてとれる。ビジネス拡大のポイントは地域医療ネットワーク化の潮流だ。ネットワークでは地域の中核病院が診療情報を公開し、同じ地域の診療所や介護施設などが閲覧する。これによって診療所と病院で同じ検査を重複して行わずに済むし、病院でのレントゲンや超音波の検査画像を診療所でも閲覧できるようになるので、確度の高い診断ができるようになる。診療所の医師が検査結果に目を通すことで、病院と検査機関、診療所で多重的なチェックが可能になり、診断精度の向上にもつながる。医療品質の向上や治療負担の軽減によって、患者が地域医療ネットワークに参加している病院や診療所を優先して選ぶ動機づけになる。こうした構図ができあがれば、病院や診療所などのネットワークへの参加意欲が高まり、結果的に中核病院向けの電子カルテや、地域全体で電子カルテ情報を共有するシステムへの需要拡大を見込むことができる。
主な医療情報システム市場規模の推移
figure 4 「将来構想」を読む
ビッグデータ活用の構想も
地域医療ネットワークの先にあるのは、スマートコミュニティをはじめとする都市単位の情報活用だ。図に示したのは、富士通の某県における医療情報データベース(DB)構想だ。「県民総合情報DB」と「研究・地域戦略DB」の大きく二つに分け、前者は地域の医療機関や住民向けの情報提供に活用し、後者は県の医療・福祉政策や大学の疾患の統計分析、製薬会社の創薬に向けた基礎データとして活用することを想定している。県全体をカバーする巨大な医療情報DBで、富士通ではビッグデータ分析技術を活用することで、従来はできなかった精度の高い分析が可能になるとみられる。
例えば、インフルエンザなどが発生したときに、県は地域の診療所や病院から得られる診療データをもとに迅速なパンデミック対策を打てるようになり、大学は統計的な手法を用いたアプローチが即座に可能になる。あるいは、今後数十年にわたって警戒が必要な原発事故の健康への影響を、広域を網羅しながらリアルタイムでの監視する体制の強化にも応用できそうだ。医療機関にとっても、疾患の急性期と慢性期とに分けて、地域全体で連携することで、それぞれの施設の得意分野を生かした業務改革や生産性の向上が期待できる。
医療情報データベースを地域や社会で活用するイメージ