国内SaaS市場で競争が激化している。急成長を遂げる裏で、上位ベンダーによる寡占化の傾向が強まっている。近年はSaaSの年間売り上げが10億円を超えるシナジーマーケティングやブイキューブなどのベンダーが登場してきた。調査会社のミック経済研究所のデータでは、シナジーマーケティングはCRM(顧客関係管理システム)分野でトップシェア、ブイキューブはウェブ会議システム分野でシスコシステムズに次いで2位となっている。どちらの分野も上位2社の占有率は増加傾向にある。生き残りの条件は、変化へのすばやい対応と投資だ。SaaSの販売活動では製品力はもちろんだが、さまざまなパートナーの協力が欠かせない。さらなる事業拡大を狙って、グローバル市場への進出も重要だ。(信澤健太)
SaaSの分野においても、資金力に乏しい下位ベンダーは年を重ねるごとに事業継続が難しい状況に追い込まれている。ブイキューブの高見耕平・執行役員マーケティング本部長は、「ウェブ会議は、データセンターを利用して大容量の映像データをやりとりしなければならないので、ベンダーにとってインフラコストがとても高い。だが、ユーザーの数が増えていけば、コストを下げることができる。2、3年のうちにベンダーは3社くらいに集約されてくるのではないか」と見通しを語る。
料金体系は上位ベンダーにとって有利な状況になりつつある。2008年頃は、ベンダーの売り上げ差が大きくなかったので、イニシャル課金をしやすかった。だが、寡占傾向が強まるなかで上位ベンダーはイニシャルなしのサブスクリプションをベースとする料金体系を構築しており、下位ベンダーにとってイニシャル課金が難しくなっている。
もっとも、市場のニーズを捉えた商材を継続してリリースしていかなければ、SaaS事業は早晩行き詰まる。ミック経済研究所の平山浩二・調査第二部部長・主任研究員は、「SaaSの年間売り上げが10億円超えのベンダーは、ほとんどの上場企業に対して営業をかけてしまっている。かといって、中小企業に販売するには多額の営業コストがかかって儲けにくいという、成長鈍化の兆しがみえてきた」と指摘する。
サイボウズの青野慶久社長の危機感は強い。「市場は淘汰の時代に入っている」と話す。「cybozu.com」の「Office」ユーザーの3分の1は他社からの乗り換えだ。アップデートが少ない既存サービスに不満を抱えていた他社のユーザー層を取り込んだ成果だ。青野社長は、「API連携によるクラウドサービスで、顧客に新しい価値を提供できる」と話す。工場のセンサデータを「kintone」で自動集計し、ラインが正常に動いているかどうかをクラウド上で管理する事例が出ている。
どこと手を組むかというパートナー戦略を重要視する動きも目立つ。ブイキューブは、テレビ会議システム大手のポリコムと技術開発、販売チャネルの拡充で戦略提携し、地方ベンダーへのOEM(相手先ブランドによる生産)も推進している。サイボウズでは、人事や薬局などの特定の業務、業種向けにコンサルティングを手がける企業が販売に関わり始めている。既存の制度ではこうした状況に対応しきれないので、新しい制度として「kintoneパートナー認定資格制度」をつくった。
グローバル展開では、シナジーマーケティングがセールスフォースと手を組むことも見据えている。ブイキューブは、東南アジア市場を果敢に攻めている。サイボウズは、米国で「kintone」を販売する考えだ。
ミック経済研究所によると、2011年度のSaaS市場規模は前年度比10.6%増の1634億4600万円で、2017年度には2585億7000万円にまで成長する見込み。2011年度は、成長が著しいSFA(営業支援システム)やCRM、リモートアクセス、ウェブ会議システムなど、24分野中18分野でシェア上位2社の占有率が増加した。2012年度は、15分野で増加するとみている。すでにいくつかの分野では、上位2社で80%以上のシェアを占めており、今後もその比率が高まる見通しだ。
すでにSFA分野は、トップを走り続けるセールスフォース・ドットコムと2位のソフトブレーンでほぼ独占状態にある。2011年度は85.9%、2012年度は85.5%のシェアを占める見込みだ。グループウェア分野は、複数の有力ベンダーがしのぎを削る激戦区。2011年度の上位2社の占有率は25.5%に過ぎない。ただし増加傾向にあるので、上位ベンダーと下位ベンダーの実力差が開いていくとみられる。生き残りをかけた戦いのなかで、下位のITベンダーは淘汰されることになりそうだ。
表層深層
国内SaaS市場は、いまだに多くのベンダーが参入の機会をうかがう市場だが、すでにレッドオーシャン(血で血を洗う競争の激しい領域)化している。ブイキューブの高見執行役員は、「市場の40%を単独で、あるいは上位2社で70%超を支配すれば、市場をコントロールできるようになる。ウェブ会議システムは、すでにシスコシステムズと当社でそのような状況になりつつある」と話す。
ブイキューブには、下位ベンダーから身売りしたいという話が次々と舞い込む。ウェブ会議システムを開発する主要ベンダーのうち、資金力の乏しい専業の独立系ソフトウェアベンダー(ISV)が占める割合は、他の分野に比べて少なくない。シスコシステムズのような大手資本と、実績で国産トップのブイキューブに戦いを挑むだけの開発投資を継続することが難しくなっていることがわかる。
下位ベンダーが脱落していくのは時間の問題だが、上位ベンダーもうかうかしていられない。成長し続けるためには、明確な製品・販売戦略を描くことが求められる。そのポイントが、変化へのすばやい対応、新製品の継続的なリリース、パートナー企業の協力だ。グローバル市場を目指すのも一つの手だろう。
上位ベンダーであっても単独展開は難しい。ブイキューブがポリコム、シナジーマーケティングがセールスフォースといった具合に、各分野のトップベンダーが手を組んで、市場の開拓に挑むケースが増えてくるだろう。(信澤健太)