ITベンダーにとってSaaS・クラウドコンピューティングの潮流は、年を追うごとに無視できないものとなっている。コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の調査によれば、SaaS事業を始めたきっかけは、ユーザー企業から寄せられる要望だったというITベンダーが多い。業界筋からは、キャズム(深い溝)を越えた、という声も聞かれるようになった。よく練られた課金体系や販売チャネルを通じて、一部のベンダーは着実に事業を拡大している。(文/信澤健太)
figure 1 「きっかけ」を読む
顧客の要望をきっかけにSaaS事業を開始
コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)がまとめた調査レポートによると、調査に応じたSaaS事業を手がける(手がけようとしている)ITベンダー会員のうち、全体の91%が今年度までに事業を開始している(開始しようとしている)ことがわかった。このうち35%は、2008年度以前からSaaS事業を開始している。SaaS事業を始めた(始めようとした)きっかけとして最も大きな比率を占めたのは「ユーザー企業の要望」だった。続いて、「パッケージ/SI(システムインテグレーション)によるビジネスに限界を感じていたから」と「導入・保守負担軽減によるマーケット拡大」が同率で並んだ。「サービス環境のスケールアウト」と回答したITベンダーも多かった。東日本大震災の影響からか、「BCP/ディザスタリカバリを意識して実施」というITベンダーもみられた。前回(2010年度)の調査と比べて、「同業他社がSaaS事業を始めたから」「SaaSがブームだから」といった“流されて開始した”類いの回答は減少している。
SaaS提供事業を始めた(始めようとした)きっかけ
figure 2 「課金体系」を読む
定額制が圧倒的に多く、成功報酬は少数派
SaaSの課金体系は五つに大別される。(1)ユーザー一人あたりの単価が固定されており、ユーザー数を乗算して算出される課金体系、(2)利用量の測定基準(消費メモリ単位など)が定義され、従量制で算出される課金体系、(3)判断基準(投資対効果など)を事前に設定し、その達成度で金額が決まる成功報酬体系、(4)ユーザーの増減にかかわらず、システム全体で金額が固定(無制限使用ライセンスなど)されている課金体系、(5)一定の制限(ユーザー数やアクセス権限、セキュリティなど)の有無によって料金が発生するフリーミアムモデルを採用している課金体系──である。CSAJのレポートでは、61%が定額制(ユーザー単位、企業単位)を採用し、14%がそれぞれ従量制あるいは定額制+従量制、9%がその他(成功報酬など)だった。M&Aや海外展開の影響を受ける基幹系業務アプリケーション、季節によって利用量が増減するECサービスなど、用途に応じて異なる課金体系が採られていると考えられる。
SaaSアプリケーションの課金体系
figure 3 「販売方法」を読む
クラウド基盤を活用して開発・営業コストを削減
SaaSアプリを直接販売あるいは間接販売する場合、メーカーやそのパートナー企業であるITベンダーの立場は大きく分けて、(1)独自にクラウド基盤を構築してSaaSアプリを提供する、(2)自社でインフラをもたずに、他のITベンダーが展開するクラウド基盤を利用してSaaSアプリを提供する──のどちらかである。パートナーの場合、例えば、販売するにあたってはユーザーにサービス品質を保証する必要があるという姿勢を示す富士ゼロックスは前者に該当する。一方、メーカーが用意するSaaSアプリをメニュー化して提供するリコージャパンは後者である。
このほかメーカーで後者に該当するのは、創業間もないスタートアップ企業だ。セールスフォース・ドットコムやマイクロソフトのクラウド基盤を利用して、最初はクチコミなどを通じて拡販する事例が目立つ。他社クラウドやソーシャル・ネットワーキングサービスを活用すれば、開発・営業コストが大幅に抑制できるからだ。多額の資金と多くの人員を投入する従来の手法は、スタートアップ企業には負担となる。セカンドガレージやマーベリック・ウェブ・ワークスは、マイクロソフトの「Windows Azure」上でSaaSアプリを提供。スタートアップ企業向け支援プログラムを活用することで、投資を最低限にとどめることができた。
スタートアップ企業のSaaS商流
figure 4 「採算状況」を読む
採算状況は大幅改善、資金・人材不足が新規参入を阻む
CSAJのレポートによると、SaaS事業を始めるために要した投資額(開発、広告宣伝費などを含む)は、1000万~3000万円未満が26%、300万円未満が16%、1億~3億円未満が15%、300万~500万円未満が13%、500万~1000万円未満が10%だ。開発方法は、「新規に開発を行った」が39%、「自社の既存のソフトウェア・パッケージをもとにして開発した」が33%だった。
SaaS事業の採算状況(単月単位)は、「採算分岐点を越えている」が34%、「おおむね採算分岐点に達している」が12%、「まだ採算分岐点に達していない」が54%で、過半数のITベンダーが投資を回収できていない現状が浮かび上がった。ただ、前回(2010年度)の調査では、「採算分岐点を越えている」が15%、「おおむね採算分岐点に達している」が27%、「まだ採算分岐点に達していない」が58%であったことから、大幅に改善していることがうかがえる。
SaaS事業に未参入のITベンダーは、「アイデアや必要資金がなく、SaaS事業による利益確保が難しい」「パッケージソフトウェアを購入したほうが低コストで利用できる」「現在、クラウド事業者を選定している」などを理由として挙げている。セキュリティ上の不安や販売チャネルの再考、クラウドに造詣が深いIT人材の不足なども参入を阻む課題と考えられる。
SaaS事業の採算状況(単月単位)