SMB市場向けクラウドサービスの本格的な普及に向けて、ベンダーの動きが活発化している。従来、ハードウェア、ソフトウェアも含めたパッケージ型のSIで案件受注ごとにまとまった額の収益を手にしてきた販社にとっては、単価の安いクラウドサービスは積極的に売りたい商材ではないことが多かった。クラウドのようなストックビジネスは、ある程度ユーザーの数が増えてからでないと「おいしい商売」にはならないからだ。しかし、SMBは、IT投資でのイニシャルコストの負担を嫌うこともあって、クラウドサービスへのニーズは確実に高まっている。ベンダー側もこうした動きは当然理解しており、未整備だったSMB市場へのクラウド販売チャネル構築に本腰を入れ始めた。大手3社の動きを追った。(ゼンフ ミシャ、本多和幸)
NEC(遠藤信博社長)は、今年3月下旬、SMB市場向けクラウド型ビジネスプレイス「N-town」を5月に提供開始すると発表した。基幹業務系アプリケーションや経営レポート、サプライチェーン管理、営業支援など、サービスインまでにサービスパートナー企業と連携して約20種類のメニューを揃える。アプリケーション同士の連携も可能だ。
それぞれのサービスメニューは、1IDあたり月額数千円程度の料金で、メインターゲットは年商5億~50億円の中小企業だ。「ITの導入コストを中小企業の経営リスクにならないような価格帯に設定したかった」(及川典子・NEC産業ソリューション事業部EXPLANNER部新ビジネスグループエキスパート)という。しかし、それは一件あたりの販売単価・利益が劇的に下がることを意味する。
それでも同社は、「N-town」がパートナービジネスであることを強調する。5年後をめどに、1万社の顧客獲得と、年間売上250億円を目指すが、基本的にパートナー販売のみでこの目標を達成するという。
具体的な方策は、NECが、SIの技術力がある販売パートナーを絞り込んだうえで資金を含めて多角的にサポートし、「売れる商材」をつくらせ、これを起爆剤に短期間で市場のシェアを高めるというもの。「N-town」を構想するにあたって、NECは専用のアプリケーション基盤も開発しており、このビジネスへの参画に前向きな販売パートナーが自社商材をクラウドに移行できる仕組みを用意している。
一方、富士通グループのSMB事業を担う富士通マーケティング(FJM、生貝健二社長)は、ユーザーのセグメンテーションを見直している段階だ。従来、同社がSMB市場として扱ってきたのは、首都圏で年商300億円規模まで、地方は1000億円規模までのユーザーだが、クラウドサービスについては、30億~100億円をコア層とする方向だ。
現在、SMB向けクラウドサービスとして展開している自社商材は、SaaS型業務アプリケーション「GLOVIA smart きらら」の会計と人事給与、クラウド基盤サービス「AZCLOUD IaaS」があるが、コア層は、「AZCLOUD IaaS」のターゲットそのもの。「AZCLOUD IaaS」は、ユーザー向けの安価な仮想プライベートクラウドであるとともに、パートナーが独自商材をクラウドで展開するための基盤でもある。現在、「GLOVIA smart きらら」シリーズとデータ連携できる他社ソフトは約10種類ほどあるが、将来は、FJMのクラウドサービスもマーケットプレイスのような形をとる可能性もある。その場合、「AZCLOUD IaaS」は、パートナーにとってビジネスモデルに参画する入り口になる。
同社システム本部の相曾恵一・AZSERVICE開発部担当課長は「パートナーをサポートする仕掛けを用意しているので、クラウドの独自商材開発・販売に前向きに取り組んでほしい」と語る。まだ試行錯誤の段階だが、パートナー販売を重視するという意味では、NECと共通した方針といえそうだ。また、富士通本体が所管する「J-SaaS」との連携も、今後の大きな課題といえよう。
日立システムズは、販売戦略という意味で2社とは異質の方針を採る。年商10億円以下の企業をターゲットとするクラウドサービス「Dougubako」を、全国のITコーディネータ(ITC)と提携し、従業員数30人以下の企業に重点的に普及させようとしている。独立系ITCは、商工会議所からニーズを吸い上げ、企業に「Dougubako」を提案・販売する。同社は、自社の営業リソースを使わなくても市場を開拓することができる。ITCには、特典として同社のクラウド基盤を提供し、アプリケーションをクラウド化する仕組みを用意するとともに、マーケットプレイス「MINONARUKI」を販売チャネルとして活用してもらう。
表層深層
販売単価が低いため、パートナー販売が成立しづらいといわれてきたクラウドサービスだが、単価がより低くならざるを得ないSMB市場向けサービスでもユーザーニーズの高さは無視できない状況になってきたということだろう。チャネルを本格的に構築し、「本気で売る」という大手ベンダーの姿勢が鮮明になってきた。
3社とも、独自のクラウド基盤を用意し、それを活用してもらうかたちでパートナーに独自商材の整備を促すという手法は共通している。一方で、NECの「N-town」が、力のあるパートナーを絞り込み、ある程度SMB向けクラウドビジネス全体の設計図を描いて行動に移しているのに対し、FJMは、各パートナーのクラウドサービスへの「意欲」や「姿勢」を見極めているといった印象だ。
いずれにしても、パートナー側にはクラウドに真摯に向き合う姿勢が求められている。ベンダー側が、クラウドビジネスのボリュームを確保すべく、マーケットプレイス的なサービス形態に全面的にシフトした場合、それまで参加の意思をみせていなかったパートナーは、その時点で「船に乗り遅れている」ことになる。「ビジョンを共有できるパートナーと積極的に連携していきたい」というのが各ベンダーに共通する声だ。未開拓の部分が多いSMB市場を攻めるためには、ユーザーと近い接点をもつ販社の役割がこれまで以上に重要になるはずだ。(本多和幸)