首都圏以外に本社を置く独立系ソフトウェアベンダー(ISV)が全国で頭角を現すのは容易でない。開発費用を抑えた安価な製品を投入して継続的なサポートを提供し、地域限定で売れているソフトは数多くある。だが、今もソフトウェア業界のトップを走る徳島発のジャストシステムや愛媛発のサイボウズなど、全国展開を実現した例は稀だ。国内IT市場は成熟状態にあるが、「世界を視野に入れると、活躍の場はある」。愛媛に本社を置くアイサイト社長の仙波克彦は、そのことを疑っていない。(取材・文/谷畑良胤)
首都圏以外のシステムインテグレータ(SIer)の場合、多くが受託ソフト開発の下請けに甘んじている。ただ、受託開発の減少を早くに予測したITベンダーは、粗利率の高いパッケージソフトに目を向け、生き残りを図る。アイサイトも、合従連衡を経て現在の形になる前は、地元限定で公共事業の恩恵にあずかる、よくあるSIerの1社に過ぎなかった。
アイサイトを設立した2005年より以前、仙波はシステム会社などを数社手がけた。転機が訪れたのは、創業の直前だった。それまで所属していたITベンダーで、新日鉄ソリューションズの製造業向けドキュメント管理システムの製品開発を下請けしていたが、そのITベンダーが製品を手放すという。アイサイトは、この著作権を引き受けるパッケージベンダーとして独立し、心機一転、ISVとして生きる道を選んだ。
アイサイトの主力パッケージは、スポーツクラブ向け基幹システム「i☆series」と、図面・文書管理ソリューション「D-QUICK7」の2製品。だが、受託ソフト会社がISVへの業態変革をする際に悩むのが、営業力やマーケティング力が不足していることだ。同社も、ブランド力を上げるまで苦労が絶えない。パッケージが完全に軌道に乗るまでの間、受託ソフト開発を安価に請け負う「ニアショア開発」を柱の三番手に据え、一定の収益を得ながら、ISVとしての足場固めを進めている。
仙波は、ニアショア開発の市場を“主戦場”とは考えていない。国内では、下請け価格面で北海道や沖縄に対する競争力に乏しい。もっといえば、いずれ低賃金の労働力を動員できる中国をはじめ東南アジアに食われる。ニアショア事業は、ISVの領域を拡大するための当面の資金を補完するとともに、特化分野を磨いて新たな市場を探したり、技術スキルを引き上げるための“エンジン”と考えている。

MIJSの海外展開委員会でタイ・バンコクに訪問した際、現地ソフトウェア団体と開催した「日タイソフトウェアパーク交流会」で、アイサイトのブースには多くのタイのITベンダーが訪れた(正面左がアイサイトの仙波克彦社長) 地方発のISVが世界を視野に入れ始めている。なぜか。アイサイトに関していえば、「D-QUICK7」は中堅・大企業でなく、中小企業にクラウドなどを使って安価で手軽なサービスとして、まずは国内市場を狙っている。当の中小製造業の多くは、ソフト開発と同様に低賃金を求めて工場を東南アジアに移す傾向にある。アイサイトも世界に出る体制を整え、その裏づけがあることで、案件が伸び始めた。仙波は言う。「同様のシステムは多数存在する。だが、『D-QUICK7』のように拡張性や柔軟性をもつ製品はない」。
「D-QUICK7」は、2次元(2D)や3次元(3D)の複雑なCADデータの保管や大型出力デバイスへの印刷などの図面管理ができ、一般ソフトのファイルも扱えるなど、図面・文書管理の両面を一度に作業できるツールとして差異化を果たしている。それでも、「安定的に需要があるわけでない。クライアント/サーバー(C/S)型の領域では、飽和状態になりつつある」と捉えて、仙波はSaaSやDaaSでの提供を開始。C/S型しか知らない製造業に一石を投じて、新規市場の開拓を狙う。「四国出身のベンダーであることは関係ない」。仙波は、「愛媛の」という冠を拭い去って、次の市場を攻める体制に入った。[敬称略]