北海道に本社を置く複数のソフト開発会社は、「北海道ニアショア開発推進協会(仮称)」を共同で新設する。協会の活動の狙いは、首都圏の大手ITベンダーがアウトソーシングする開発プロジェクトを、北海道のソフト会社が獲得しやすくすることにある。大手ITベンダーは、ここ10年、開発プロジェクトの一部を人件費が安い海外のソフト会社に外注(オフショア開発)する傾向にある。一方で、思惑通りに開発コストを削減することができないとか、カントリーリスクを回避したいと考える大手ITベンダーも存在する。北海道のソフト会社は、大手ITベンダーが地方のソフト会社に外注(ニアショア開発)する案件が増えていることを実感しており、新団体を通じて、北海道をニアショア開発地区としてアピールする。(木村剛士)

北海道ニアショア開発推進協会の推進者である中村真規氏。小樽市出身で、札幌市に本社を置くソフト会社の創業社長と、複数の北海道IT団体のトップを兼務する。北海道のIT産業界の重鎮 北海道ニアショア開発推進協会の設立は、ソフト開発のデジック(札幌市)の創業社長で、北海道情報システム産業協会(HISA、一般社団法人)の会長も務める中村真規氏が中心になって準備している。中村氏は、HISAの会長ほか、北海道IT推進協会(HICTA、一般社団法人)の設立者・初代会長で、北海道内のIT産業活性化策を企画・立案する中心人物だ。また、各都道府県のIT関連団体を束ねる全国地域情報産業団体連合会(ANIA、一般社団法人)の会長を務めており、地方のIT産業の実態にも詳しい。
新団体は、首都圏の大手ITベンダーが外注するシステム開発の一部を、北海道のソフト会社が獲得しやすくする策を講じる。具体的な計画は未定だが、中村氏の考えに賛同する北海道の地場ソフト会社が数社あり、まずは5~10社を集め、活動内容が決まった段階で、設立に踏み切る。
日本のソフト産業は、ユーザー企業からシステム開発を受注する元請け会社の下に、そのプロジェクトの一部を下請け開発するソフト会社がぶら下がる多重構造だ。この多重構造が、よくも悪くも、地方のソフト会社を支えてきた。ただ、10年ほど前から、元請け会社は開発コストを削減するために、日本よりも開発者の人件費が安い海外諸国にアウトソーシングする流れが強まった。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の調べによれば、日本のオフショア開発額は、2002年度がおよそ200億円だったのに対して、2010年度は951億円にまで増えた。中村氏の言によれば、「オフショア開発は国内のソフト会社の仕事を奪った」わけだ。
ただ、中村氏は「ここ2~3年で状況は変わった」とみている。「大手ITベンダーは、オフショア開発一辺倒ではなくなった。商慣習・開発スタイルの違い、言葉の壁が問題になり、思うようにコストを削減することができないケースがあることを学んだ。そのため、オフショア開発をやめるとか、縮小する大手ITベンダーが増えてきた」と説明する。中村氏が指摘する理由がそのままあてはまるわけではないが、IPAは「09年度からオフショア開発額の前年比増加率は下がっている」と、情勢の変化を明らかにしている。
加えて、ここにきてクローズアップされることになったのがカントリーリスクだ。国内ITベンダーのオフショア開発の相手国として、断然トップのポジションにあるのは中国(IPA調べ)。中国と日本の外交関係の悪化を危惧した日本のITベンダーは、「中国に仕事を出すことを不安に思っている」(中村氏)という。
「地方のソフト会社は、中国や東南アジア諸国よりも人件費は高いが、首都圏に比べれば安い。言葉の壁もないし、開発スタイルも品質に対する考え方も同じ。下請け先として再び注目してくれている」と中村氏は実感している。IT人材だけに限った資料ではないが、厚生労働省が調べた「地域別最低賃金の全国一覧」によると、北海道の最低賃金は東京に比べて15.4ポイント低い(2012年9月時点)という実態がある。
中村氏は、「道内のIT需要を高めて案件を獲得するのと、道外から案件を獲得することの、どちらが実現性が高いかを考えれば、後者に軍配が上がる。それが北海道で25年にわたってITビジネスを手がけてきた私の持論」と強調する。低迷する地方で生き抜くために、他地域から仕事を誘致する。それが、地方でITビジネスを手がけるために残された道の一つということだ。
表層深層
ニアショア開発の推進構想は、実は北海道だけが考えていることではない。他の地方のITベンダーや自治体も企画している。例えば、愛媛県では6社の地場ソフト会社が集まって、今年7月1日に「愛媛県ニアショア開発協議会」を設立している。鳥取県では、県が主導して、地場のソフト会社とインドの開発者が株式会社を共同で設立し、鳥取県に開発案件を誘致するプロジェクト「ITTR(インド・とっとりITトップランナー)」を2008年に立ち上げている。
日本のIT産業は、停滞期に入って久しい。クラウドは、受託型のソフト開発事業を縮小に追い込んで、SEとプログラマの仕事を奪い、多重構造を破壊する可能性がある。今、日本のIT産業は大きな転換期にある。
日本のITベンダーが成長するには、海外進出が欠かせないと、誰もが口にする。しかし、中小規模で、しかも地方のITベンダーが海外進出に挑戦して成功を収めることは、相当に困難なはずだ。そうだとしたら、例えば力のある大手ITベンダーが海外に出て他の国で仕事を獲得し、その開発案件の一部を地方のITベンダーに任せる。それによって日本のIT産業全体が拡大し、地方も元気を取り戻す──。そんなかたちを目指すことはできないだろうか。過去にいくつかあるニアショア開発推進の動き。今回、北海道も同じような行動に出た。中央と地方、大手と中小が連携しようとする動きこそが、停滞するIT産業を活性化する道となりそうだ。