事業展開にある程度のリスクがあることを差し引いても、市場として巨大なポテンシャルをもつ中国には、大きなビジネスチャンスがある。それを裏づけるように、中国進出に意欲的な日系企業は依然として多い。だが、実際にビジネスを展開するにあたって、どのような製品をいかに売り込むかとなると、大きな壁に直面することになる。そこで、今回と次回の2回にわたって、マーケティングの観点から日系ITベンダーが中国ビジネスで成功を収めるうえでのポイントを、10のキーワード(フレーズ)にまとめて解説する。今回はそのうちの5項目を紹介する。(構成/本紙編集委員 谷畑良胤)
文化・慣習に自社の製品が適合するか
キーワードのその1は、「将来的ニーズがあるか」という点だ。日本のIT製品、とくにソフトウェアを中国で販売するのは、とても難しい。中国は日本の20年前の段階にとどまっている分野がある一方で、グローバルでみると、むしろ日本に勝っている分野もある。複雑な中国がこのまま発展し続けた時に、はたして日本企業が売り込もうとしている製品に将来性があるのか。そこをしっかりと検証しておく必要がある。
キーワード2は、「文化に合うか」である。中国のビジネス文化に自社の製品なりサービスが合致するかどうかだ。中国では、値切りの交渉はあたりまえだし、少しでも自分に有利にすべく交渉相手を出し抜こうとする。日本でもそうした交渉はつき物だが、中国のほうがいい意味で一枚上手のビジネス巧者だといえる。ソフトウェアは無料で利用できるものという観念が根づいている中国市場で、日本の正当な価格体系を提示した時に、はたして彼らが製品を買ってくれるのだろうかという点を踏まえる必要がある。完成された日本や西欧の商流や販売ルールを持ち込んだところで、売れるとはかぎらない。とはいえ、相手の言いなりになるということではない。販売を促進するために、ソフトウェアをどのように形と価値のある「もの」に仕立てて流通させるか、それが将来的に自社を助けるツールになると決定権者にイメージづけできるか、さらなる値引きを求めてきた場合の交渉の余地やその値づけで採算が合うのかなどについて綿密な計算が求められる。
とくに重要なのは、キーワード3「商慣習に合致するかどうか」だ。例えば、日本では多くの企業がSFA(営業支援システム)を積極的に導入し、経営を「見える化」して、KGI(結果指標)やKPI(先行指標)の達成状況をチェックしている。
だが、日本市場のようにSFAを売り込もうとしても、彼らはそれを取り入れることに違和感をもつだろう。中国の商慣習に合致しないからだ。とはいえ、現状そのようなことが多くみられるということであって、キーワード1で述べたように、過去の日本と同じように社会成熟の進度によってニーズも変わるので、将来にわたってニーズが顕在化しないということではない。そんななかでニーズを見極めるためにキーワード4の「誰が利用するのか」を考えるとよい。
中国企業は「見える化」を求めない
「誰が利用するのか」という観点で、日本と中国が大きく異なるのは、中国では、ソフトウェアを利用してもらいたい人が本当に利用すると困るという矛盾する事態が起こる可能性がある点だ。
今、中国では労務コストの上昇が大きな問題になっている。これを解決するために、各部門の管理者にソフトを使わせて経営のさまざまな指標を「見える化」することは大きなメリットになるはず、と日本のITベンダーは考えるだろう。だが、企業が大きく儲けていながら、従業員の給与を低く抑えているケースでは、経営を「見える化」したことで賃金アップを求められたり、労働争議など、経営側にとって由々しき事態が生じかねない。
逆もいえる。中国では、国営企業に限らず、オーナーと経営層が別というケースが少なくない。中国は貿易国で、家具、家電、繊維、アパレル、食品、最近は建機、自動車も輸出を伸ばしている。そうした企業オーナーの多くは国であり、トップは国の役人だ。私営企業のオーナーの多くも国営と同じく文化大革命を経た世代で、金は持っているけれどITへの理解には欠ける。オーナーは儲かっている限りは細かい運営に口出ししないで任せる傾向にある。しかし、経営や人事権には絶対的な権力をもつ。任された役職者は、とくに国営企業であれば接待費やバックマージンのごまかしは普通にやっている。それだけに、経営の「見える化」によって明確な業績数字をオーナーに知られることを絶対に避けたいと考える。
毛沢東の失政に「大躍進」政策がある。3年間で製鉄や農業生産において英米を追い越すことを夢見て実施された無謀な政策だったが、批判は封じられて、“裸の王様”の毛主席には目標達成の報告だけが上がってきた。実態は、目標を達成した村は皆無で、数字が水増しされていたのだ。そんな無理が続くわけもなく、数年後にはあちこちで餓死者が出る騒ぎになった。中国企業のオーナーも裸の王様になる可能性が高いので、彼らに向けては、SFAやBI(ビジネス・インテリジェンス)などの提案にニーズがあると思う。そうした市場の実態を見極めて、アプローチできるかどうかが中国ビジネスの成功を左右することになる。
もう一つ、中国でモノを買う時に重視するのは見栄や面子であり、他人に自慢できるかどうかである。とくに富裕層は、相手に「カッコいい」と思われるかどうかが最大の判断基準といえる。具体的には、カッコいい経営者はゴルフをしながらiPhoneを手にして部下に指示するといった具合だ。「見える化」がカッコいいとなれば別の展開もあり得る。
キーワード5は「導入企業および利用者のメリット」について。メリットの一つは、前述した不正を見抜くためのツールとしての機能である。それだけに、“マネーボール理論”ではないが、どんぶり勘定ではなく、個々の人材の生産性の高さを明確に測定することができるツールとして提案することがメリットの訴求につながるだろう。中国企業は、人件費や部材原価の高騰に直面し、以前よりも「分析」「効率化」「節約」「管理」というキーワードに注目するようになっている。その流れのなかにわれわれの勝機もあるはずだ。
【Profile】WEIC 内山雄輝社長
1981年、愛知県名古屋市生まれ、31歳。2004年3月、早稲田大学第一文学部中国語・中国文学専修卒業後、WEICを設立。人間が言葉を覚える過程の言語学理論をシステム化し、中国語をはじめとするeラーニングサービスを日中両国で展開。中国でのビジネス経験と人脈を生かし、日本企業の中国進出を支援。地方政府および現地企業との戦略提携やグローバル人材育成戦略の豊富なノウハウに定評がある。夫人は中国人で、数多くの日本企業の中国法務を代弁する著名な弁護士を父にもつ。MIJSでは「海外展開委員会」の委員長を務め、中国やASEAN進出に関する現地との折衝などを担当している。