「尖閣諸島」の日本国有化に反発して、9月に勃発した中国での大暴動。これを受けて、多くの日本企業は、中国市場に対する取り組みを一時凍結したり、「CHINA+1」としてASEAN地域へシフトする流れがみえ始めた。ただ、中国を「市場」とみる流通・小売やサービス業は、計画を縮小したものの、依然、中国を重要市場と捉え、撤退は考えていない企業が多い。今回は、連載途中に起きた「尖閣問題」を背景に、今の日本企業が中国へ再進出する際の人材育成・採用に関する課題と、ターゲットの再設定について論じてもらった。(構成/本紙編集委員 谷畑良胤)
開発か営業重視かで異なる戦略
日本側は現地を知る人材を配置する
日本企業が実際に中国でビジネス展開するうえで課題となるのが、人材の確保と育成だ。この面での課題は二つある。中国事業を現場でマネジメントできる人材と、日本側で中国事業を統括する人材が必要になるということだ。
まず、中国の現地でマネジメントできる人材の確保と育成だが、ITベンダーが現地法人を設立する際には、開発力重視なのか、営業力重視なのかを方針として定めておくべきだ。開発力を重視するならば、仕様書を理解できて日本語能力が高いのはもちろんのこと、文化やニュアンスも含めて理解できる人材が求められる。
一方、営業力を重視するなら、日本語能力よりも、中国市場で強い人脈をもち、販売展開力にすぐれている人材を採用すべきだ。だが、現実的には、日本語が堪能で双方の文化に理解があるということで、日本に留学経験のある中国人を採用するケースが多い。中国人を採用する場合、個人に依存せずに組織でマネジメントできる体制を敷く必要がある。中国人はキャリアアップを重視するので、条件のいい企業があれば、すぐに転職してしまうからだ。
中国に展開するうえで、日本側で中国事業担当者とのハブになる人材の育成についても注意が必要だ。日本側の中国担当者は、中国でのビジネス経験、とくにマネジメント経験がある人が望ましい。とはいえ、そうした人材は少なく、自社にマッチした逸材に出会えれば幸運だ。そんな幸運はなかなか訪れないと思ったほうがいい。次善の策として、中国に留学経験のある日本人を育成するか、中国人の日本留学生を採用するかの選択となる。その場合、現状では中国人留学生を採用するケースがほとんどだろう。
しかし、前述のように、中国人留学生は向上心が旺盛で、日本企業の「年功序列型」の給与体系に満足できず、すぐに辞める傾向がある。そこで、日本人留学生の積極的な登用を考え、日本人留学生と中国人留学生をバランスよく採用して育成することが一つの解決策と考えている。
ターゲットは急増し続ける「中間層」
日本製品を売るには工夫が必要
人材育成・採用の次に、「尖閣問題」などを受け、中国を含めたASEAN市場を攻めるに当たって、課題を整理してみたい。
日本ブランドがあるから大丈夫という大きな期待を抱いて製品を日本の基準に基づく販売価格で現地に提供しても、それが中国人の趣向にあっていないモノであれば絶対に売れない。現地が何を求めているかリサーチするのは重要だ。
ターゲットとして、例えば中国・ASEANの場合、どの層を狙うべきなのか。結論をいえば、中間層(世帯年間可処分所得/5000ドルから3万5000ドル)狙いだと思う。中国を含めたASEANには、中間層が15億人いる。2020年には、貧困層が中間層に上がってくるので、23億人にまで増えると予想されている。上位中間層は富裕層になるものの、富裕層は中間層ほど増えない。これまでモノを買えなかった層が買えるようになるということだ。
23億人を分析すると、2010年時点で高所得層と中間所得層は、中国で合計6.8億人存在する。そのうち、4000万人が年間可処分所得3万5000ドル以上の高所得層になる。これを省く中間所得層は、2015年には6.6億人になり、2020年に6.9億人になると試算されている。ちなみに高所得層は、2015年に1.6億人、2020年には2億人になる。これまでの日本企業のターゲットは高所得層の中でも上位の層をターゲットにし、ここに対してジャパンブランドを全面に押し出し、製品・サービスを提供してきた。しかし、成功を語れる日本企業は少なく、そのターゲット設定がずれているかもしれないことに気づく必要がある。
拡大していく中間層に関しては、上位中間層と下位中間層に分けられ、中間層でも“金持ち”と貧困に近い中間層とで差がある。この差のなかで、どの層を狙うかによって製品・サービスづくりが変わってくる。それでは、高所得層だけを狙うブランド価値が、日本の製品・サービスにあるのか。現状では、そこまで価値を高めることはできていないはずだ。とくに、中国では内陸部に中間層が増えるので、こうしたことを考慮したターゲットの設定が求められる。
日本、韓国、中国、欧米製品で比較すると、日本では、10の機能を付けて売る場合に100ドルと想定すると、韓国企業は七つの機能と品質で70ドル、中国企業は3個で50ドル、欧米企業は、七つの機能と品質にブランドを加え150ドルで売る。この販売競争において、中国の貧困層と下位中間層は、中国と韓国のモノを買う傾向にある。一方、富裕層は、欧米製品・サービスしか興味がないと、データが示している。
日本企業は、品質を売りにしているが、品質だけだと太刀打ちできない。グローバル競争が加熱するなかで、貧困層であっても製品を選べる時代となった。中国をはじめとする新興国向けでは、価格やデザインに柔軟に対応する必要があるのだ。
【Profile】WEIC 内山雄輝社長
1981年、愛知県名古屋市生まれ、31歳。2004年3月、早稲田大学第一文学部中国語・中国文学専修卒業後、WEICを設立。人間が言葉を覚える過程の言語学理論をシステム化し、中国語をはじめとするeラーニングサービスを日中両国で展開。中国でのビジネス経験と人脈を生かし、日本企業の中国進出を支援。地方政府および現地企業との戦略提携やグローバル人材育成戦略の豊富なノウハウに定評がある。夫人は中国人で、数多くの日本企業の中国法務を代弁する著名な弁護士を父にもつ。MIJSでは「海外展開委員会」の委員長を務め、中国やASEAN進出に関する現地との折衝などを担当している。