ここ数年、日本のITベンダーが経済成長著しい中国への進出を加速させている。しかし、現段階で目立った成果を挙げているITベンダーは少ない。中国固有のビジネス文化や折衝術などを体得していないので、事業を有利に進めることができないからだ。中国語のeラーニングサービス事業を手がけ、中国の政府や企業との折衝経験が豊富なWEICの内山雄輝社長に、中国進出の手ほどきをしていただいた。(聞き手・『週刊BCN』編集長谷畑良胤)
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| 「中国の面子文化を考慮に入れよ」と、中国へ進出するうえでのキーワードを投げかける |
──日本企業の多くは、経済発展が著しい「沿岸部」への投資をしてきたが、最近では、「内陸部」も視野に入れて進出する企業が増えた。
内山 かつて日本の企業やITベンダーは、北京や大連、上海など「沿岸部」への進出に力を入れていた。ここ3年に関しては、「(南京や成都、武漢などの)内陸部を攻めよう」ということで、急速に経済発展する地区の攻略を進めてきた。胡錦濤国家主席が「沿岸部」の経済発展に注力していたためだが、最近では一定の成功を収めたことから、政府連携などがしづらくなっている。
胡錦濤体制下の2003年には、温家宝首相の経済成長率8%を維持する「保八」方針にもとづき、人口8.8億人を抱える南京など中・西部に地方政府の経済発展が国家戦略に位置づけられた。これをもとに、中央政府は沿岸部だけでなく、内陸部の地方政府に資金を投じた。このため、日系企業は内陸の地方政府や企業と連携することで、次の市場を切り開けると3年ほど前から考えていた。ただ、今は一つの区切りを迎えている。
──向かうべきは「内陸部」ではないということか。
内山 ITに関していえば、リーマン・ショック後に中国全体の景気が少しずつ低下するなかで、内陸へ向かうことが正しいのか疑問に感じるようになってきた。それは、内陸の政府や企業とうまく手を組めていないからだ。多くのベンダーが、沿岸部で成功を手にしていないので、矛先を変えて、欧米のITベンダーよりも早く内陸部に進出すれば、市場でアドバンテージが取れると試みてきた。
本来、内陸部では地方都市のソフトウェアパークを中心にしたITアウトソーシング市場が根づいており、「オフショア開発」を日本から発注しやすい環境があって、日本のソフトウェア会社のアプリケーションを現地ローカル企業に販売するうえでも、もう少しうまく連携できると考えていた。
──地方政府や中国ITベンダーとうまく連携できない理由は?
内山 理由は簡単で、両方の間に立ってコントロールする人材が日本側にいないこと。それと、日系ITベンダー本体(日本本社)の投資が本気ではないので、両社で展開する時に主導権を取れないからだ。中国市場を展開する日本側の担当者が、投資や人材配置、あるいは現地ITベンダーと資本提携といった判断ができないことも課題だ。
──日系ITベンダーに限らないと思うが、日本企業が中国進出するうえで、どんな心構えが必要なのか。
内山 中国の文化を理解し、面子を立てて、リスクを覚悟できることだ。日本企業の多くは、リスクをとりたがらない。一度の投資を最大でも1億円程度のリスクで片づけようとする。欧米は、投資額も大きいし、リスクをとる。また、中国へ進出し、どんなビジネスをするかが明確でないことも問題だ。日系ITベンダーは、「ある程度失敗をしても、オフショア開発先は確保できる」と、保険を用意する程度の力の入れようなのだ。
──では、中国と日本の間でビジネスを築ける人材とは?
内山 中国人とどれだけ折衝できるかだろう。私の場合は、中国の人とビジネスをする際、リスク半分/利益半分で考えを巡らす。中国人は安く仕入れて高く売る思想がある。この思想が頭の中でちゃんと理解でき、自身のビジネスと照らし合わせて計算できるかどうかが、中国ビジネスを本気で遂行する人材に求められている。
──中国のITベンダーと組むには、どうすればよいのか。
内山 えてして、「積極的に日本の製品を販売する」という中国企業は、安く仕入れて高く売ることしか考えていない。「当社の利益30%、御社の利益30%、値引き5%、残りはマージン」。これが中国的な交渉のやり方だ。日本企業は主導権を取りたがるが、あせってはいけない。ある日系ITベンダーは、初段階の合弁では投資比率を15~20%とし、徐々に光明がみえてきた段階でM&Aに持ち込んだ。こういう交渉ができるベンダーは、中国市場で成功する可能性が高いだろう。
──中国で欧米ITベンダーが一定の市場を確保できた要因はどこにあるのか。
内山 とにかく投資額が違う。中国人が「どうにも勝てない」と思わせる額を投じる。そんなトップマネジメントができること。それと、ブランド力がある。日本企業に比べて給与が高い“箱”の中で自分の能力を精いっぱい引き上げようと、所属企業の発展に向けて努力する。また、採用した中国人材をマネジメントできるスペシャリストも揃っている。
──それにしても、中国への進出は相当難しい。
内山 中国人には面子の文化がある。中国企業に「恩を売る」ことを真剣に考える。恩を売れば、面子があるので、必ずこれに恩返ししてくれる。そのことを先に検討すべきだと思う。
■PROFILE
内山 雄輝(うちやま ゆうき)
1981年、愛知県名古屋市生まれ、30歳。2004年3月、早稲田大学卒業。同年11月、早稲田大学の教授らと言語教育に特化したeラーニングシステムの構築とサービスの提供、eラーニング製品の開発と販売、導入支援会社のWEICを設立して、代表取締役社長(CEO)に就任。MIJSでは「海外展開委員会」の委員長を務め、中国やASEAN進出に関する現地との折衝などを担当している。