IaaSを提供する──。米オラクルCEOのラリー・エリソンが昨年10月の「Oracle OpenWorld San Francisco 2012」でこう宣言し、遅れを取り戻すかのように、クラウドに対する取り組みにコミットしたことは記憶に新しい。同社には、「ムーアの法則」ならぬ、何でも2倍にする「ラリーの法則」があるらしい。今回、世間を揺るがせた米マイクロソフトと米セールスフォース・ドットコム(SFDC)との提携の中核を成すのはこの人物だ。この大型提携はIT業界に何をもたらすのか。(取材・文/谷畑良胤)
米オラクルを中心とする3社の大型提携は、米アマゾンの「Amazon Web Services(AWS)」などに対抗する戦略的な事象であることは疑いようがない。国内IT業界の誰しもが、そう感想を漏らす。それだけではなく、「米オラクルは、AWSであろうがマイクロソフトのWindows Azureであろうが、どこのクラウドが勝とうが、そこにオラクル製品が動けばいい」との見方をする業界関係者もいる。AWSを対抗軸に見立てたこうした考え方は、この連載に登場する独立系ソフトウェアベンダー(ISV)やシステムインテグレータ(SIer)にとっては、IT業界の先を読むうえで重要ではない。
エリソンはクラウドについて、先のイベントでこうも述べている。「ユーザー企業でクラウド導入を決めた際は、迅速かつ多大な費用をかけずに導入できることと、開発ベンダーが違うアプリケーションであってもただちに統合して使えることを期待している」。クラウドが容易に導入でき、即座に使える環境にすることが、大手ITベンダーのなすべきことなのだと説いているのだ。
国内大手ISVの幹部はこう話す。「AWSは、提供するクラウド環境のバックヤードのコスト削減を究極まで行っている。ここに対抗したところで勝てない」。米アマゾンの収益モデルは、EC(電子商取引)などが主軸。クラウドは主戦場ではない。米オラクルを中心とした提携は、「ITを有効活用する」という観点で機能やサービス形態を追求し、ISVやSIerと連携して突き詰めるべきだとの論点だ。
この3社の提携が軌道に乗り、相乗効果が現れ始めた時、IT業界は別の世界をみているかもしれない。使う側からすれば、クラウドを利用する環境は、AWSであろうがAzureやSFDC上であろうが関係なくなる。簡単に導入できて安価で利用し、利益獲得に貢献すればいいのだ。別の国内ISV幹部はこう指摘する。「IaaSやPaaSのクラウド・インフラ部分は、顧客からはみえなくなり、コモディティ化も進む。アプリケーション・レイアやクラウドとオンプレミスをいかに効率よく連携し、有効利用してもらうかの勝負になる」。アプリなどの性能がシステムインテグレーション(SI)で重要性を増すとの考え方だ。
ユーザーの情報システム担当者に視点を移すと、こんな現象が起こっている。大手企業の元CIOは、「企業の情報システムは開発担当者と運用担当者に分かれるが、多くの企業は運用担当者を減らし、経営に直結する『競争力の源泉』部分のIT開発を強化している」と実状を説明する。所有すべきは所有し、利用すべきは利用する──。クラウド移行一辺倒でなく、汎用的な運用部分はクラウドに外出ししている段階だと。重要なシステムをクラウド側に移すというより、売り上げを増やす目的ではなく、コスト削減などの守りを効率化する部分でクラウドを利用しているに過ぎない。
あと何年で「クラウド」という言葉が業界の流行語でなくなるか──。大手SIerの幹部は「2年でコモディティ化する」と、クラウドを語って、ITが売れていくフェーズは残り2年と断言する。そこまでクラウドが成熟してはいないが、クラウド・インフラ部分がコモディティ化した際、威力を発揮するのがアプリ領域だ。ISVは、クラウド環境で利用されることを大前提に、既存や新規の製品・サービスを開発し、競合他社と差異化する戦略を今から立てておく必要がある。[敬称略]

IT業界は、クラウドの普及とともに業界再編が加速する(写真は、昨年10月のOracle OpenWorld開催時に登壇したラリー・エリソンCEO)