経済産業省は、オープンデータの活用推進のための調査研究事業を日立コンサルティングに委託した。政府の新IT戦略「世界最先端IT国家創造宣言」でも重要施策の一つに位置づけられているオープンデータは、IT投資の直接効果が年間1兆~1.5兆円、経済波及効果は同じく5.5兆円ともいわれ、多くのIT関連企業は、巨大市場の出現に色めきたっている。東京都によると、2020年の東京オリンピックの経済波及効果は3兆円。それ以上のポテンシャルを秘めていることになる。ところが現状、オープンデータの活用事例で聞こえてくるのは、位置情報を使ったスマートフォン用アプリや、本気度を疑いたくなるような実証実験が多い。「5.5兆円」までの道のりはまだまだ遠い印象だ。オープンデータの現実と課題に迫る。(畔上文昭/本多和幸)

庄司昌彦
国際大学GLOCOM
主任研究員、
Open Knowledge
Foundation Japan代表 オープンデータに注目が集まるようになったきっかけは、政府のIT戦略本部(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)が今年5月24日に公開した「電子行政オープンデータ推進のためのロードマップ(案)」にある。このロードマップでは、2015年度末に「他の先進国と同水準のオープンデータの公開と利用を実現する」としている。実現すれば、直接効果が1.5兆円、経済波及効果は5.5兆円だという。
この5.5兆円が一人歩きして、オープンデータの活用推進は市場活性化の起爆剤になるとみてIT業界の期待が膨らんだが、具体的な活動が目立つのはスマートフォンのアプリをつくるベンチャー企業ばかり。一部の企業からは「5.5兆円市場」に疑問の声も聞かれるようになった。ちなみに、直接効果や経済波及効果の試算は、オープンデータの先進地域である欧州での試算からGDP比で求めたものである。オープンデータの先進諸国に追いつくのが2015年だとしたら、経済波及効果が5.5兆円となるのはそれからだ。現時点でオープンデータの市場規模を実感できないのも無理はない。
経産省や総務省をはじめ、各省庁は自らが保有するデータのオープン化に取り組み始めているが、「民間事業者のビジネスにとって価値のある情報は地方自治体がもっているケースがほとんど」(経産省関係者)で、経済波及効果に直結するのは地方自治体の取り組みだ。そこで先行しているのが、福井県鯖江市だ。鯖江市はホームページでさまざまなオープンデータを提供しており、活用事例も公開している。ただし、その事例が経済波及効果5.5兆円に見合うかといえば、テストケース的な先行事例にとどまっている。オープンデータを地域活性化のために活用することは重要だが、経済波及効果は小さい。
ほかにも問題はある。一つは、鯖江市のような先進自治体だけでなく、すべての自治体が同じように取り組みを進めなければデータの使い勝手はよくならないということ。2015年度末までには全国の自治体がオープンデータに取り組むはずだが、データのフォーマットまで共通化されるかどうかはわからない。これが実現しなければ、オープンデータを活用する側は、自治体ごとの対応が必要になってしまう。
一方で、データを活用する側の課題もある。「オープンデータの活用」ありきでソリューションを構想すると、位置情報を使った公共施設の紹介アプリ程度までしかアイデアが膨らまないのだ。これでは大きな経済効果は期待できない。
「オープンデータを何かと組み合わせて、消費者からは見えないところで活用するというのが、本命ではないか」と、オープンデータ関連施策研究の第一人者である庄司昌彦・国際大学GLOCOM 主任研究員は指摘する。庄司主任研究員はOpen Knowledge Foundation日本グループ代表を務め、政府のIT戦略本部委員などを歴任している。
庄司主任研究員が注目するのが、ウォーターセル(長井啓友代表取締役)の「アグリノート」事業だ。この事業では、農家向けのクラウドサービスの一つとして農薬情報を提供しているが、そこで独立行政法人農林水産消費安全技術センターが提供するオープンデータを活用。「農家の課題解決をスタートとして、結果的にオープンデータを活用したサービスを提供している」と庄司主任研究員。国内でもビジネスとしての広がりが期待できる活用事例が出始めている。
一方、大手ITベンダーの幹部は「新規ビジネスのネタとしてポテンシャルはある」と語る。例えば、企業が保有する顧客データとの連携によって、既存のサービスを向上するというニーズは出てきているとのこと。オープンデータには地理情報関連が多いことから、とくにゼネコンの注目度は高いという。ただし、実際の取り組みはこれからだ。
オープンデータは東京オリンピックと違い、ゴールが明確ではない。期待の大きさをよそに、水面下でジワジワと広がっていくのがオープンデータ活用の本質と考えるべきだろう。
表層深層
自治体の取り組みに懸念がある。自治体の職員には間違ったデータは公開できないというプレッシャーがあり、慎重にならざるを得ない。税金の使い道などのように、住民の苦情につながりやすいデータは、積極的に公開したくないという心理が働きがち。余分な作業が発生しそうなデータも公開したくない。
結果、自治体では公共施設の位置情報といったように、無難なものだけがオープンデータの対象となるのではないかという懸念がある。無難なデータでは、大きな経済効果は望めない。自治体を始めとする公共機関には、経済の活性化を意識したオープンデータへの取り組みを期待したい。
民間企業も、ただ待っているだけではオープンデータの恩恵を受けることはできない。経済波及効果5.5兆円の実現には、民間企業の創意工夫とアイデアの捻出も必須である。商機を見出したITベンダーは、水面下で動き出している。空振りに終わる可能性もあるが、5.5兆円市場がみえ始めてから取り組むようでは手遅れになりそうだ。(畔上文昭)