安倍政権は発足後、成長戦略の柱の一つとして「世界最高水準のIT社会実現」を掲げ、新たなIT戦略の取りまとめに着手している。2000年代の中盤以降、停滞している感のあった国のIT関連施策だが、2013年度の予算では、ビッグデータ関連技術開発で省庁横断的な施策パッケージが新規事業として計上されたり、今国会に政府CIO法案や共通番号(マイナンバー)法案が提出され、成立の公算が高まるなど、IT市場に大きな影響を及ぼしそうな施策が現実のものになってきている。そうしたなか、プレゼンスを強めているのが経済産業省だ。「オープンデータ」と「マイナンバー」というIT業界も注目する二つの施策で、情報活用の規制緩和により産業界を活性化させるための提言をまとめ、府省間の議論をリードしている。(本多和幸)

三又裕生
経産省情報政策課長 経済産業省は、今年1月、商工業関連の統計・白書など、自らが保有するデータのオープンデータ化を実践するための試験サイト「Open DATA METI」を公開した。データを利用しやすい条件や公開方法、データ形式などについて試行錯誤しながら検討するための試みで、企業、個人を問わず、ユーザーからの意見も募集している。
政府のオープンデータ利活用推進のための組織としては、有識者と関係府省担当者で構成される「オープンデータ実務者会議」がある。3月末に開かれた第3回会合で経済産業省は、「Open DATA METI」の取り組みを踏まえた新たな提言を行った。ポイントは「地方自治体が保有するデータの利用可能範囲の明確化」「共通語彙・文字基盤の整備」「日本政府の統一データポータルサイトの構築」の3点だ。
経産省のIT関連施策を統括する情報政策課の三又裕生課長は「実際にビジネス上の価値がある情報はほとんど自治体がもっている」としたうえで、「自治体が情報を扱う時に、固有の法令に基づいて作成・取得しているデータをどこまで公開していいのか判断が難しいケースが出てくる。そのための指針をつくるべき」と話す。また、中央府省庁が保有している情報と、地方自治体が保有している情報、さらには民間の情報も横断的に利用できてこそ、オープンデータのメリットは発揮される。そのため「共通の言語基盤と統一ポータルの構築は必須」(三又課長)だ。
本来は実務者会議で3月までにこれからの議論のロードマップを作成することになっていたが、作業が遅れているため、経産省が率先して論点をまとめたかたちだ。
一方、マイナンバーについては、民間事業者を活用した「マイポータル」の構築を提案している。行政事務の効率化だけでなく、さまざまな民間サービスにおける個人の認証にマイナンバーを活用できるようにし、それらの共通の窓口をインターネットを通じて提供するという構想。経産省は、こうした仕組みを通じて、新たなサービス、産業を創出したい考えだ。
欧州や韓国などではすでに番号制度の導入が進んでいるが、個人番号を記載したIDカードを活用して、オンラインバンキングや保険のオンライン契約、処方箋情報の提供などが行われている国も多い。また、ポータルをウェブフォームへの本人情報入力や年齢確認と連動させるアプリケーションも実用例があるという。
三又課長は「マイナンバー法案では、法施行後3年を目途に利用範囲を拡大するとしている。経産省としては、これをどのように民間活用できるかということが最大の関心事。仮に個人番号そのものではなくても、情報連携の仕組みを民間事業者も使えるようにすれば、いろいろなサービスが生まれる余地がある」と強調する。
現時点で同省が考えているマイポータルの構造は、認証レベルを2段階設定し、まず認証レベルの低い層に、民間事業者のID/パスワードで個人を認証するサービスや、特定の個人情報の入力を必要としない公共情報のプッシュ型サービスなどを配置する。そして、特定の個人情報に関連する行政サービスを受けられる機能については、個人番号カードで再認証し、利用可能にするというもの。将来的には、技術検討を重ねたうえで、銀行のキャッシュカードなどとの連携も模索していきたい意向だ。
表層深層
マイナンバーとオープンデータに共通しているのは、日本が完全に「後進国」であるということだ。オープンデータサイトをすでに公開している国は41か国で、オープンデータを推進する国際的なイニシアティブである「オープン・ガバメント・パートナーシップ」には58か国が参加している。米国では、オバマ大統領が1期目就任当初からオープンガバメント(オープンデータ)に関する明確な目標を掲げ、各省庁に期限つきの対応を求めた結果、オープンデータ化が一気に進んだ。一方、マイナンバーについても、上表で示したとおり、日本は欧州、韓国など多くの国の後塵を拝している。
もちろん、どんな施策もただ進めればいいというものではない。しかし、マイナンバーやオープンデータは、議論が始まった時期は日本でも決して遅くはなかったはずだ。EUの研究機関の試算によれば、公共データの民間利活用によるEU域内の経済波及効果は年間5.4兆円といわれ、日本でも1兆円以上の公共データ活用サービス市場が生まれる可能性があるそうだ。このポテンシャルを「宝の持ち腐れ」のままにしておいていいわけがない。現政権には、これらの施策を迅速に進めることを強く求めたい。
ITベンダーにとっても公的情報資産活用の規制緩和は大きなチャンス。一般社団法人オープンガバメント・コンソーシアムが政府への提言や実証事業などを活発に行っているが、そうした動きが業界全体に広がることで、新市場の創出は加速するはずだ。