中国は、ITの分野でも今や世界が認める巨大市場となっている。その巨大市場に向けて、日系ITベンダーは統合基幹業務システム(ERP)からクラウド、アウトソーシングに至るまで、幅広い商材を投入している。『週刊BCN』編集部では、主要SIerの売れ筋商材を調べて、日系ITベンダーのどの商材が中国でよく売れているのかを探った。中国地場ITベンダーや外資系ITベンダーとの激しい競争にさらされているなかで、どのような主力商材を取り扱うのかは、競争力を大きく左右する。中国に展開する主力商材を通じて、日系ITベンダーの戦略を浮き彫りにする。(取材・文/安藤章司)
中国市場の売れ筋商材 ERPや業種向けアプリが主軸に
中国に進出する約60社の日系SIerやISV(独立系ソフト開発ベンダー)などのITベンダーに、「中国で最も売れている商材は何か、あるいは最も販売に力を入れている商材は何か」という問いで、1社1商材に絞って挙げてもらったところ、回答企業40社の半数に近い17社が統合基幹業務システム(ERP)をはじめとする業務アプリケーションを「売れ筋商材」だと答えた(一覧表参照)。中国においても日系SIer/ISVの主力製品はERPや業種や業務に特化したアプリケーションソフトであることが明らかになった。
●ユニークな商材は不可欠

NTTデータ中国
松崎義雄
総裁
前提として、日系ITベンダーのERPや業務アプリケーションが中国でメジャーなヒット商材になっているかといえば、残念ながらまだそこまでには至っていない。日系SIer最大手のNTTデータ中国のトップを務める松崎義雄総裁は、「最大の商材はSIerとしての総合力。そして取り扱っている商品で売れ筋と聞かれれば、SAPやOracleになるだろう。しかし、NTTデータとしての戦略商材は何かといえば、intra-martであり、中国に展開しているNTTデータグループ全体で積極的に販売していくことはすでに決まっている」と説明する。
つまり、グローバルで売れているメジャーなERPは、中国でもよく売れるし、中国の規制対応で有利な立場にある地場有力ERPベンダーの用友軟件や金蝶軟件も売れる。だが、SAPや用友だけを扱っていては、他のSIerとの差異化は難しく、とくに中国のような世界中のSIerが競い合う市場では、何らかの分野で秀でていなければまず勝てない。NTTデータはSAPやOracleなどグローバルERPを手堅く扱いながら、intra-martのような他社にはないユニークな商材を織り交ぜていくことで優位性を高める戦略を展開する。
intra-martは、日本ではワークフローエンジンを搭載した業務アプリケーション開発基盤(ミドルウェア)として知名度が高い。業務アプリの共通基盤部分をintra-martで代替することで開発工数を大幅に削減できるので、日本では多くのSIerがintra-martを活用している。
●intra-mart活用で工数削減

新日鉄住金
ソリューションズ
中国法人
東條晃己
総経理
新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)中国法人は、2009年頃からintra-martを採り入れるようになった。日系ユーザー企業が中国での事業をスモールスタートさせるときなど、「ちょっとした業務アプリの開発にintra-martは重宝する」(NSSOL中国法人の東條晃己総経理)と話す。NSSOL中国法人でintra-mart事業を担当する加藤英昭経理は、「ユーザーの規模が大きくなっても、intra-martの特徴であるワークフローなど各種エンジンがしっかりしているので拡張も容易」と高く評価する。NSSOL中国法人自身が使うプロジェクト管理システムなどの業務アプリも、intra-mart上で構築している。NSSOL中国法人は、これまで10社余りの日系企業にintra-martベースの業務アプリを構築・納入してきた実績があり、向こう2~3年で中国地場企業も含めて20~30社ほどの受注を目指す。
ERP関連の売れ筋商材では、日立ソリューションズがDynamicsを挙げ、オージス総研が中国で最もメジャーな地場ERPの用友軟件を挙げている。日立ソリューションズは米国法人を起点に全世界へDynamics事業を展開中で、中国についても世界戦略の一環として取り組む。オージス総研と通華科技(大連)の合弁企業である上海欧計斯軟件は、今年に入って用友の最上位パートナー認定である「ダイヤモンドパートナー」を取得する力の入れようだ。
●流通・サービス系に広がり
業種特化型の基幹業務システムを主力と位置づけるSIerも目立つ。野村総合研究所(NRI)は製造業や小売業、商社向けグローバルSCM(サプライチェーン管理)分野のアウトソーシングサービスを売れ筋と捉えている。また、日立システムズは「GNEXT養老事業管理システム」を主力商材と位置づける。「GNEXT養老事業管理システム」は、今年、上海市第三社会福利院の基幹システムとして採用が決まるなど、着実に実績を積み上げてきた。「日本で長年経験を積んできた介護・福祉事業者向け業務管理システムのノウハウをもっており、これから少子高齢化が進むことが見込まれている中国のニーズを満たすことができる」(日立システムズの劉嘯・中国事業推進本部第一部主任)と自己評価する。さらにいえば、日立システムズが介護・福祉分野に強い地場の有力SIerを販売パートナーとして獲得できた点も追い風になっている。
中国の日系ユーザー企業向け定番商品となっている生産管理では、東洋ビジネスエンジニアリングが主力商材「MCFrame」を挙げ、「MCFrame」のトップセラーであるITホールディングス(ITHD)グループのインテックも同様に売れ筋に挙げる連携ぶりだ。
また、近年、急速に市場が拡大している流通・サービス業向けの商材を前面に押し出すITベンダーも目立つようになってきた。流通・小売業に強い富士ソフトグループのヴィンクス上海法人は、多店舗展開している流通・サービス業向けのITインフラサービスに力を入れている。もともと流通・小売業のノウハウがあるのに加え、ヴィンクス上海法人はIP-VPNやISP、ICPといったネットワーク系の中国での資格をもっていることから「業務ノウハウだけでなく、多店舗展開に欠かせないネットワークサービスも合わせて総合的なサービスを提供できる」(ヴィンクス上海法人の黄曉・董事長)と強みを生かす。
●技術指向の商材で勝負!
NECシステムテクノロジーは配送計画や配車を支援する「ULTRAFIX」、NECソフトは画像認識エンジンを中核とする人物検出や客層分析、サイネージ視認効果の測定などのシステムを中国での売れ筋商材と位置づけている。いずれもコンピュータメーカーのグループ会社らしい技術指向の商材だ。陸運業向けの配車アルゴリズムエンジン開発はNECシステムテクノロジーの得意とするところであるし、NECソフトの画像認識エンジンは世界屈指の精度の高さだともっぱらの評判だ。
業種別IT投資額で最大セグメントともいえる金融分野は、中国の規制の厳しさから日系ITベンダーは参入しにくい状況が続いている。こうしたなかでも銀行の基幹系システムではない周辺サブシステムや、リース業などのノンバンク領域は、日系ITベンダーにとって有望市場だとみられている。シーエーシー中国法人は資金・財務管理システムをイチオシし、電通国際情報サービス(ISID)中国法人はリース会社向け業務基幹システム「LAMP」を主力商材と位置づける。シーエーシー中国法人の小峰邦裕副総経理は「複数の金融機関と企業の基幹系システムを結ぶ“接続システム”系のニーズは高い」とみて、金融関連システムの需要を丁寧に掘り下げていく考えだ。
【BCN中国法人総経理 伊達和久がみる 中国ビジネス】

伊達和久
総経理
中国売れ筋商材について、BCN中国法人総経理の伊達和久が注目するのは、上海に進出する日系ITベンダー有志22社がそれぞれの商材を持ち寄って商品カタログをつくる取り組みだ。カタログの名前は「羅盤~中国お役立ちビジネスソリューションカタログ」で、インターネットイニシアティブ(IIJ)や東洋ビジネスエンジニアリングなどの中国法人が名を連ねている。伊達総経理は、「直近では28商材がラインアップされ、ユーザー企業の課題を体系立てて解決できるよう工夫されている」と評価。さらに会計事務所などの異業種も加わり、IT以外の分野でも中国で日系企業が必要とするだろうサービスや商品も取り揃えつつあるという。ふだんはライバル関係になることが多いものの、異国の地での顧客の課題解決に向けて協業できるところは協業することで、ビジネスを伸ばそうとしている。
●中国市場の売れ筋商材 ~epilogue
尖った商材を前面に 多段的、複合的な合わせ技
日本のITベンダーは、残念ながらSAPやOracleのような世界的なデファクトスタンダードと称されるソフトウェア商材はまだもち合わせていない。
しかし、尖った商材を保有する日系ITベンダーは多く、業務アプリケーション開発基盤の「intra-mart」や日立製作所の統合システム運用管理「JP1」、クオリカの外食チェーン店向け「TastyQube」などは着実に実績を積み上げている。また、プロシップやコアが取り組む固定資産管理、IT資産管理系の商材は、日本企業のシビアなコスト意識に磨き上げられた商材だ。中国企業は人件費の高まりによって否応なしにコスト意識を高めざるを得ず、こうした資産管理系システムに対するニーズも着実に拡大するだろう。金融サブシステムやノンバンク系の商材にも期待がもてる。
世界的ソフト商材を今すぐ打ち出すのは難しいとしても、まずは足下の中国市場でヒット商品を打ち出し、これを足がかりとして第二、第三のヒットにつなげ、アジアから世界へ展開していく多段階で複合的な合わせ技が求められている。
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