中国ビジネスで日系SIerの明暗の差が広がっている。成長市場にみられる変化のスピードに適応できないSIerがある一方、ダイナミックに自らを変革して、売り上げを年率2倍、3倍と伸ばすSIerもある。中国最大の商業都市・上海のITビジネスを中心にレポートする。(取材・文/安藤章司)
勢いのあるグローバルSIer
8月末、取材のためにNTTデータ中国の上海オフィスに足を運んだ。中国で約4000人のスタッフを展開する日系最大手のSIerである。
複数ある会議室から漏れ聞こえる言葉は、中国語、英語、ドイツ語、中国のいくつかの方言、たまに日本語も聞こえてくる。同社のスペイン人やインド人の社員も中国に来ているという。これだけの人種が集まると、相手に通じやすい言葉を選びながら話さざるを得ないので、社内で多様な言語が使われることになる。英語、中国語を流暢に使いこなすNTTデータ中国の松崎義雄総裁は、「どこの国の出身かなどまったく意識せず、常にグローバルの動向をみて仕事をしている」と胸を張る。
NTTデータの取り組みは、海外でビジネスを伸ばすSIerの一つのあり方を示すものだ。中国の大手ユーザー企業は、海外のSIerに対して、世界での先進的な知見や経験の提供を求めている。こうした需要に応えることがビジネスを伸ばす原動力になるわけだ。また、欧米での既存顧客が中国というアジア最大市場へ進出する際のSI需要に応えることで、外資系ユーザー企業向けのビジネスにも弾みがつく。NTTデータは2007年頃から海外SIerのM&A(企業の合併と買収)を積極的に行っており、約6万人の社員のおよそ半数が海外社員で占められるほどのグローバル化を果たしてきた。
すでに、中国市場に進出する欧米既存顧客のITサポートだけでも相当なボリュームになる。とくに、中国で勢いよくビジネスを伸ばしているドイツの自動車メーカー向けビジネスが好調に推移。NTTデータは2008年にBMWグループの情報システム子会社をグループに迎え入れていることもあって、直近の中国での欧州自動車メーカー向けのビジネスは前年同期比約3倍で推移しているという。
伸びるSIerは伸びている
例えば、SAPやOracle、Dynamicsなど同じ統合基幹業務システム(ERP)商材を扱う場合、SIerの腕の見せどころは、国内外での実装や運用経験、あるいは先行する成功事例に裏づけされたベストプラクティスをどう適用するかに集約される。パッケージソフト製品を売るだけでは、差異化は不可能だからだ。SIerがもたらす知見という付加価値によって、顧客満足度は大きく違ってくる。
顧客の目線でみれば、SAPというパッケージを買うのが目的ではなく、SAPとそれに付随する知見やノウハウを採り入れ、世界規模の競争に勝ち残る原動力にすることが最終目的である。当然、グローバルでの経験が豊富なSIerにSAPを発注することになる。
したがって、NTTデータは中国においても、世界の他の市場と同様、IBMやAccentureなど世界トップベンダーを常にベンチマークしている。「グローバルトップベンダーに追いつき、追い越す」(NTTデータ中国の奚駿文執行副総裁)ことに執念を燃やしているのだ。ただ、すべての日系SIerがNTTデータのような離れ業をこなすことができるわけではない。むしろ、本当の意味でグローバル対応ができるITベンダーはIBMやアクセンチュア、富士通、CSC、NTTデータなど、ごく一部のトップベンダーに限られる。
では、他の日系SIerは望みがないとかといえば、そうではない。中国で数百人の社員を擁し、あるいは数百人月規模の人員を動員することが可能な実力のある日系SIerグループは多数存在している。

NTTデータ中国の松崎義雄総裁(左)と、奚駿文執行副総裁 ITホールディングス(ITHD)グループのクオリカ上海は、急速に拡大する中国の外食産業向け業務アプリケーション「TastyQube(テイスティ・キューブ)」関連の売り上げが、2013年上期(1~6月)に前年同期に比べて約8倍に伸びた。同じく流通・小売業に強い富士ソフトグループのヴィンクス中国法人も、中国の流通サービス市場の急速な拡大の波に乗ることで、2013年度(13年12月期)の売上高は前年度比1.5倍ほどに伸びる見通しだ。日立製作所の統合システム運用管理「JP1」事業も、中国での事業展開10年目にして、年率3割増で安定して売り上げを伸ばす仕組みを確立している。
図1は、日系SIerの中国でのビジネスモデルの変遷を示したもの。中国にはさまざまな制約があることがわかる。次項からは、中国ビジネスを伸ばしているSIerを紹介するとともに、苦戦している企業があるとすれば、何が問題なのかを詳報する。
成長市場の醍醐味を味わう
変化の波に乗る適応力がカギ
中国では、すさまじい勢いで産業構造の変化が起きている。この変化の波に乗れば「おもしろいほど売り上げが伸びる」(日系SIer幹部)のが成長市場の醍醐味だ。日中間は政治摩擦で不安定な状態が続いていることから、中国ビジネスはとかくマイナス面だけが注目を集めてしまう。しかし、変化適応をリードしている日系SIerは、しっかりと売り上げを伸ばしているのだ。
●「島」巡る政治摩擦から1年…… 産業構造の側面からみると、単純な製造工程を請け負う工場向けのITインフラ構築は頭打ちになるだろう。年率10%ともいわれる人件費の高騰が続き、中国政府がとくに最低賃金の底上げに力を入れていることから、単純組み立て工場は一段と採算が合いにくくなっている。同様の理由で、情報サービス産業が手がけてきた従来型のコーディング(製造)中心の対日オフショア開発も将来有望とはいい難い。
日中の政治摩擦の側面からみると、国有色が濃い企業や、大手銀行などの規制業種は、日系SIerにとっては極めてハードルが高い。沖縄県の尖閣諸島を巡るいわゆる「島」問題で政治摩擦が深刻化してから、この9月で1年がたつが、これらの規制業種に売り込みをかけようとしても、門前払いを食らうケースが少なくないという。
では、日系SIerがビジネスを伸ばす可能性が高い分野はどこかを探れば、上記ではない分野ということになる。つまり、製造業でもより高度なサプライチェーン管理や、中国政府が意識的に伸ばそうとしている流通・サービス、第三次産業の分野である。国有色の薄い産業分野、あるいはリースやクレジット、債権回収などのノンバンク系といった金融の中枢から距離のある分野なら参入しやすい。
流通・サービスやノンバンクに対しては、日系SIerが多くの知見や経験を蓄積していることもあって、商談を有利に進めることも可能だ。また、日系ユーザー企業などの外資系だけにとどまらず、中国地場の顧客へどう食い込んでいくかが強く問われている。
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