政府が新たなIT戦略「世界最先端IT国家創造宣言」を発表してから、1年がたとうとしている。2014年度は、この新戦略実現に向けた施策が本格的に動き出す最初の年度だ。関係各省は、まとまった額の予算を確保した施策を続々と立ち上げた。鮮明になったのは、「クラウド」と「ビッグデータ」に注力する姿勢だ。とくに、IT産業振興の本丸である経済産業省は、確保した予算の額も大きく、注目の新規施策をスタートさせている。「世界最先端IT国家創造宣言」が、IT産業にとっての真のマイルストーンになり得るのか。新規施策は、急速に事業環境が変化する情報サービス市場で、国がどの程度実効性のある取り組みを進めることができるかの試金石になるといえそうだ。(本多和幸)
新産業創出を目指すプロジェクト続々
●中小DCのクラウド化を推進 
情報処理振興課
江口純一課長 経済産業省は、中堅・中小企業(SMB)のクラウド導入促進に本腰を入れる。SMBがオンプレミスの既存システムをクラウドサービスに移行する場合に、直接補助金を支給するほか、クラウド基盤ソフトウェアの導入実証や、日本が中心となってISOで標準化作業を進めている、ファシリティとIT機器の両面をカバーする新たなデータセンター(DC)の省エネ評価指標「DPPE」の普及に向けた実証事業を展開する。今年度予算では、これらの三つの事業で構成する「中小企業等のクラウド利用による革新的省エネ化実証支援事業」を、35億円の予算を計上して新たに立ち上げた。
先進国のなかで、日本はとくにSMBのクラウド導入率が圧倒的に低いといわれる。経産省情報処理振興課の江口純一課長は、「日本企業のIT投資の額そのものはそれほど低い水準ではないが、既存のシステムの保守という固定支出がほとんどを占めているのが問題。戦略的なIT投資に質を改善していく必要がある」と指摘する。つまり、この施策は、とくにSMBのIT投資の質の改善を促す一環というわけだ。
なかでもクラウド基盤ソフトの導入実証は、すでに補助事業者の募集を終えており、早期に事業が動き出しそうだ。経産省は、現状、DC側のクラウド対応が不十分で、SMBにも広くクラウドが普及するには、「既存の中小DCが、サーバーなどのコンピューティングリソースを有効活用するために、仮想化技術を取り入れたクラウド基盤ソフトウェアを広く導入していく必要がある」(江口課長)と考えている。実証事業では、コストをはじめとする、中小DCがクラウド基盤ソフトを導入する際の阻害要因を洗い出し、それを解決できる技術の開発や、ベストプラクティスの確立に挑む。全部で6件程度の実証事業を採択する方針だ。
●ビッグデータはエネルギーから もう一つの柱であるビッグデータの利活用に関しては、まずはエネルギー分野で取り組みを進める。40.3億円の予算が計上された「大規模HEMS情報基盤整備事業」が、新規施策としてスタートした。およそ1万世帯にHEMS(家庭用エネルギー管理システム)を導入したうえで、その情報をクラウドで管理する情報基盤を構築し、その標準化も検討する。これもすでに補助事業者の募集は終えているが、事業の性格上、採択件数は1件に絞る。
エネルギーマネジメントは、東日本大震災以降、重要度を増している日本全体の課題だ。電力事業の自由化が進むなかで、省エネ対策には、複数の需要家を束ねて効率的にエネルギーを管理する事業者である「アグリゲータ」の役割がカギを握る。しかし、最も小口の需要家である一般家庭は、一軒ごとの需要規模が小さいので、アグリゲータが採算性を確保するのが難しいという課題がある。「大規模HEMS情報基盤整備事業」には、HEMSを使って、非常に大きな単位で一般家庭を束ねてエネルギーを管理する仕組みを構築することで、アグリゲータのビジネスモデルを確立しようという狙いがある。
さらに重要なポイントは、その情報基盤を標準化して、HEMSから集約した情報をビッグデータとして第三者が活用できるオープンなシステムにしようとしていることだ。経産省情報経済課の佐脇紀代志課長は、「デジタルデータが溢れんばかりに集まってきているのを、新しい産業の創出につなげない手はない。HEMSのデータを分析すれば、各家庭の電気の使用パターンがわかるので、さまざまなサービスやマーケティングに有用な情報として活用できるだろう」と期待を込める。

情報経済課
佐脇紀代志課長 ただし、こうした情報は個人情報であり、ビッグデータとして活用する際は、プライバシー上の対応策を検討する必要がある。「大規模HEMS情報基盤整備事業」では、HEMSを導入した一般家庭の実際の声も踏まえて、消費者が安心して利用できる電力データの利活用環境についても整備を進める計画だ。佐脇課長も、「プライバシーに配慮したデータの利活用という点では、もちろん、消費者が望まない使い方はしないことが大事だが、規制ありきでデータの価値を生かすことができないようでは本末転倒だ。市場でコミュニケートしながら、サービスのメリットを消費者が理解したうえで判断できるような仕組みが必要だ」と話す。
いずれにしろ、規制の方向に振れるのではなく、新しい産業を創出するために、こうした個人情報を含むビッグデータを積極的に活用したいというのが経産省の基本的なスタンスで、これまでの国の施策とは一線を画している。なお、「中小企業等のクラウド利用による革新的省エネ化実証支援事業」も「大規模HEMS情報基盤整備事業」も、一般会計ではなく、エネルギー対策特別会計を財源としている。DCの省エネ化や、小口需要家の使用電力量削減を大義名分にはしているが、実際はそれ以上にIT産業の市場拡大という点で効果が見込まれる施策だ。経産省が予算の確保に工夫をこらしたと考えれば、中小企業が用いるITシステムのクラウド化、ビッグデータ利活用の推進に「本気」をみせていることの現れといえそうだ(21面に関連記事)。