クラウドERP市場をリードする米ネットスイート(ザック・ネルソン社長兼CEO)は、5月13日から15日の3日間、カリフォルニア州のサンノゼでプライベートイベント「SuiteWorld 2014」を開いた。来場者は、ユーザー、パートナーを中心に、過去最高の約6500人を記録。調査会社の米ガートナーは同社について、「最も成長率の高いERPベンダー」としているが、そうした成長を象徴するような盛り上がりをみせた。また、イベント期間中、ザック・ネルソン社長兼CEOが、日本メディアのインタビューに応じて、クラウドERP市場の展望やネットスイートの経営戦略を説明。創設者であるラリー・エリソン・米オラクルCEOとエバン・ゴールドバーグ会長兼CTOのエピソードについても語ってくれた。(取材・文/本多和幸)
真のオムニチャネルを実現する
●20年後にはすべてのERPがクラウドに 
米ネットスイート
ザック・ネルソン 社長 兼 CEO ──まずは、現状のネットスイートのビジネスについて、ご自身ではどう評価されますか。 ネルソン 自分たちも驚くほど、顧客基盤がグローバルに拡大しています。シエラレオネ、コスタリカ、パナマといった国でも使われているんですよ。
日本は、ネットスイートが米国外で初めて市場開拓に乗り出した国ですが、おかげさまでビジネスは順調です。これまで多かった2層ERP用途の採用に加え、今回、初めて公表するのですが、モバイルゲームベンダーのディー・エヌ・エー(DeNA)のように、多国籍展開企業向けERPの「OneWorld」を財務会計・人事システムに採用し、10か国2000人の社員が使うような例も出てきました(35面に詳細)。
──基幹システムのクラウド化の波は、年々大きくなっているように感じます。 ネルソン ERPは成熟市場ではありますが、私は今後20年の間にすべての会社がクラウドERPに移行するのではないかと考えていますので、ビジネスチャンスはまだまだ大きいとみています。
──今年のSuiteWorldは、大きな新機能・新製品を発表したというよりは、ERPとCRM、Eコマースが一つのデータベースの上に乗るというネットスイート製品のもともとのコンセプトが、改めて時代のニーズに適合したものであることをアピールするイベントだったという印象を受けました。 ネルソン ビジネスのオムニチャネル化の流れが顕著になっていますが、企業がそれに対応するためには、単一のバックエンドのシステムが必要です。見方によっては、市場環境の変化がネットスイートの製品戦略に追いついてきたといえるかもしれません。
ほとんどの企業は、コールセンターやPOS、Eコマースなど、チャネルごとにサイロ化したシステムを構築してきてしまいました。そのため、顧客の情報を一元管理するのが難しく、オムニチャネルへの対応の障害になっています。単一のバックエンドからデータを取得し、複数のフロントエンドに流すシステムをクラウドで提供しているのはネットスイートだけです。これが、オムニチャネル対応への課題が顕著に現れている小売業でとくにネットスイートが注目されている理由です。
ポイントは、ネットスイートのシステムには受注の情報が入っているということです。受注情報は、顧客を定義する最も重要な情報です。しかし、例えばセールスフォース・ドットコム(セールスフォース)のCRMに受注のデータはありませんので、オムニチャネルを実現する機能はないのです。
●方向を決定づけた創業者二人の会話 ──ネットスイートがそうしたコンセプトでビジネスアプリケーションスイートを構築してきた背景は? ネルソン ネットスイートを創設したのは、ラリー・エリソンと、当時オラクルの技術部門のリーダーだったエバン・ゴールドバーグですが、彼らの5分ほどの会話にその源泉があります。
もともとエバンは、営業支援のためのシステムをつくりたいとラリーに相談したのです。ラリーは、「おもしろいね」とは答えましたが、営業支援システムにはバックエンドのビジネスデータが欠けていると指摘しました。そして、より効果的な営業支援システムをつくりたいなら、バックエンドのデータを充実させるべきで、まずはERPから始めたらどうかとアドバイスしたのです。
加えてラリーは、PCにインストールするのではなく、インターネット上で使えるシステムにすること、さらに、ネットであらゆるものを自由に買える時代が来るので、ウェブストアをつくったらどうかとも提案しました。その結果、ERPをコアとして周辺のビジネスシステムを連携させるというコンセプトができあがったのです。これはまさに、オムニチャネルを先取りした考え方といえます。
ちなみに、ラリーとエバンの会話の場には、マーク・ベニオフ(米セールスフォース・ドットコム会長兼CEO)もいました。マークは、1週間後にラリーに電話してきて、「僕がセールスのシステムをつくるよ」と言ったのです。そうしてできたのがセールスフォースです。ネットスイートは、(セールスフォースとは対照的に)当時のラリーのアドバイスを真摯に受け止めて方針を決めたわけですが、それが現在の状況につながっているのです。
──そうした経緯をみても、ネットスイートとオラクルが良好な関係にあるのは理解できます。ERPベンダーのなかでも、オラクルはパブリッククラウドでERPを提供するサービスに消極的という印象がありますが、実は彼らとネットスイートの間で、「オラクルはクラウドERPを積極的にはやらない」という取り決めがあったりしますか。 ネルソン あなたの見方が真実なら、そんなにうれしいニュースはありませんね(笑)。ネットスイートはオラクルのデータベースマシンを使っていますが、そういう意味では、SAPのカスタマーでもあります。ビジネスアプリケーションでは、オラクル、SAPを含めてさまざまなベンダーと競いながら、成長を目指します。
ERPを核とするビジネスアプリの優位点を強調
●パートナーとの連携で拡販 「SuiteWorld 2014」は、例年同様、ザック・ネルソン社長兼CEOの基調講演で幕を開けた。まずは、直近のビジネスの状況について解説し、顧客数が2万社に達して、2014年の売上高は5億4400万ドルを見込んでいるとした。13年の売上高は4億1450万ドルで、さらにハイペースでの成長を目指すという。また、同社のビジネスモデルとして、パートナービジネスの比率が高いこともアピールした。新規ビジネスの45%はパートナー経由の案件で、今後もパートナーとの連携強化を軸にして拡販する方針であることを示した。
今回の基調講演で、ネルソン社長が強調したキーワードは、「オムニチャネル」だ。ネルソン社長は、「旧来のCRMは、見込み客を探すためだけのものになってしまっている」として、オムニチャネルを実現するソリューションとしては不十分だと主張。そのうえで、「CRMは本来、文字通り顧客中心主義で顧客関係を管理していくもの。これは非常にハードルが高い業務で、実現するには、受注情報を管理するERPやEコマースとバックエンドシステムを共有する必要がある」と訴えた。ネットスイートは、ERP、CRM、Eコマースのビジネスアプリケーションスイート「NetSuite」を単一のバックエンドシステムをベースに提供しているので、ユーザー企業のオムニチャネル化に対して、製品の強みが従来以上に発揮できる環境になっていることを強調したかたちだ。
オムニチャネル対応を強化する製品アップデートとしては、2012年に発表したEコマースのクラウドサービス「NetSuite SuiteCommerce」に、新たに「B2B Customer Center」モジュールを追加することを明らかにした。B2Bビジネスをサポートする機能として、購買・調達サイトを立ち上げるときなどに適用できるという。「NetSuite SuiteCommerce」は、日本では今秋にリリースする予定だ。また、その他の製品強化として、UI(ユーザーインターフェース)を刷新したことや、サービス業向けにERPのプロジェクト原価管理機能などを強化したことも明らかにした。

エバン・ゴールドバーグ 会長 兼 CTO
人気ドラマをパロディ化した動画を流す演出も ●R&Dのスタッフもグローバルで拡充 2日目には、ネットスイート創設者の一人であるエバン・ゴールドバーグ会長兼CTOが基調講演を行い、ネルソン社長が発表した機能強化に関する技術的な詳細情報や、技術開発のロードマップなどを解説した。冒頭、米国の人気テレビドラマシリーズ「Breaking Bad」をパロディ化したオリジナルの動画を放映。「ネットスイート製品は便利で、一度使うとやめられない中毒性がある」というメッセージを打ち出し、会場を盛り上げた。
最近の同社のR&D(研究・開発)を巡る環境についてゴールドバーグ会長は、「採用人数も伸び、グローバルで優秀な人材を確保している。また、ユーザーからも機能拡張のリクエストを頻繁にいただいており、ユーザーのコミュニティポータル経由でもコミュニケーションができていることが、製品開発に大いに役立っている」と説明した。
開催期間中は、ユーザー事例や最新の技術情報などを紹介する200以上のセッションが展開され、パートナー企業の出展ブースも盛況を博した。
DeNAの採用事例を発表 10か国でのグローバルビジネスを支援
ネットスイートは、「SuiteWorld 2014」の開催期間中、日本のモバイルゲームベンダーであるディー・エヌ・エー(守安功社長兼CEO)が、財務会計・人事システムとして同社のグローバル対応クラウドERP「OneWorld」を採用し、本稼働を始めたと発表した。世界10か国、約2000人の社員が共通のビジネス基盤として使うことになるという。ネットスイートにとって、アジア地域では最大規模の案件となった。
村上淳・DeNA経営企画本部IT戦略部長は、「グローバルで社員の情報をすべてリアルタイムで把握できるし、人事データをもとに同じ基準で原価計算ができるようになった。ゲームタイトル別の収益やキャッシュベースの原価を迅速に把握できることは、経営にとって非常に大きな助けとなっている」と、導入の効果を説明している。