Googleは、法人向けビジネスのグローバル市場で、Amazon Web Services(AWS)やSalesforce.comなどと並んで、ITのインフラやプラットフォームをクラウドで提供する有力ベンダーと目されている。しかし日本国内では、グループウェアの「Google Apps」と、PaaSの「Google App Engine」を活用したその拡張ソリューションが提供される程度で、Googleの法人向けビジネスは当初の勢いを維持できず、近年はクラウドの有力ベンダーに押される状況が続いていた。ところが、ここにきて日本市場でもIaaS/PaaS商材が出揃い、「Google Apps」を含めた法人ビジネスに変化が起こり始めた。コンシューマビジネスで一大帝国を築き上げたGoogleが、法人向けビジネス市場でもトップを狙う姿勢を鮮明にしている。(本多和幸)
通信キャリア大手が揃い踏み
Googleが2007年に有償サービスを開始した「Google Apps」は、クラウド版グループウェアの先がけとして、市場を切り開いてきた。国内のパートナー数は、現在300社程度まで拡充している。
パートナープログラムは、二つの軸で構成されている。一つは、大企業向けパートナーとSMB向けパートナーに分類する軸、もう一つはプレミアパートナーとオーソライズドパートナーに分類する軸だ(詳細は上表参照)。大企業向けパートナーとプレミアパートナーは、いずれもGoogleにとっては重要パートナーで、300社中10社程度が認定されているが、両者はイコールではなく、SMB向けパートナーのプレミアパートナーも存在する。
従来、こうした戦略的なパートナーは、いち早く「Google Apps」に着目し、「Google App Engine」上で拡張ソリューションを独自開発するなどしてビジネスを拡大してきたSIerやクラウドインテグレータ(CIer)を中心に構成されていた。しかし、このパートナー網に、昨年10月、大きな変化が起こった。通信キャリア大手の相次ぐ参入だ。もともと「Google Apps」のNo.1リセラーとして活躍してきたソフトバンクテレコムに加えて、NTTドコモ、KDDIも、それぞれ従来のプレミアパートナーである電算システム、サテライトオフィスと提携したうえで、「Google Apps」のリセラーに名を連ねた。
「Google Apps」と、競合製品のマイクロソフト「Office 365」の両方を扱うITベンダーからは、「とくにこの1年は『Office 365』の伸びがすさまじい」という声も聞かれる。「Google Apps」を評価してきたイノベータやアーリーアダプタ層への普及が一段落し、より保守的なユーザー層がクラウド型グループウェアを導入し始めた結果、既存のオンプレミスシステムと共存しやすい「Office 365」への支持が拡大している。「Google Apps」事業を統括する大須賀利一・エンタープライズ部門マネージャーは、「先進的なユーザーに普及すればそれだけで満足だとはもちろん考えていない。市場のトップを取る」と明言する。Googleは、より保守的なユーザー層に訴求すべく、新たな販売戦略の構築を急いでいる。通信キャリア大手各社との連携は、そのための一手だ。

大須賀利一
マネージャー 大須賀マネージャーは、「『Google Apps』が提案しているのは、突き詰めればワークスタイルの変革であり、『モバイル』というトレンドの拡大がそれを後押しすると考えている。通信キャリアと組むのは、極めてロジカルな戦略だ」と説明する。また、彼らのビジネスは、人月商売のITベンダーとは違って、「Google Apps」のような薄利多売を前提としたクラウドサービスとの相性もいい。通信キャリアとWin-Winの協業関係を築くことで、保守的なユーザーも「Google Apps」を使わざるを得なくなるような市場環境を一緒につくろうとしているわけだ。
一方、大手SIerをはじめとするITベンダーとの協業も進める。「Google Apps」は、メールシステムやスケジュール管理、オンラインストレージなど、さまざまな機能を用意したスイート製品である。その特性を生かし、大胆な製品戦略と機能のバラ売りなどを推進し、大手SIerの強みを取り込んでいく。
例えば、オンラインストレージの「Google ドライブ」では、容量無制限のビジネス向けサービス「Google Drive for Work」を発表しており、これにアーカイブや監査、レポート、高度な管理機能なども追加したスイート製品としての上位版「Google Apps Unlimited」も提供を開始した。大須賀マネージャーは、「保存容量無制限のサービスなどは、Googleのインフラを使ったパブリッククラウドだからこそ実現できた」と話す。Googleは、同社ならではのこうしたサービスをバラ売りすることで、保守的なユーザーの細かなニーズにも対応できると考えている。一度使えば、便利で使い続けざるを得なくなるというのは、同社のコンシューマ向けサービスでおなじみのかたちだが、実際に、エンドユーザーからの要望で、大手SIerがGoogleに協業を求めてくるケースも出てきているという。ユーザー側から囲い込む戦略も推進し、顧客基盤の拡大を目指す。
「Google Cloud Platform」本格展開

塩入賢治
セールススペシャリスト 今年4月には、PaaSの「Google App Engine」、IaaSの「Google Compute Engine」、オープンソースのデータベースやオブジェクトストレージなどからなるプラットフォーム商材「Google Cloud Platform」も、国内で本格的に展開し始めた。Googleのインフラをユーザーに開放するというクラウドサービスで、AWSがAmazon.comのインフラを開放したのと同じ構図だ。
Googleは、現在、純粋な再販を認めていないが、サービスパートナーとテクノロジーパートナーという二つのパートナー制度が存在する。前者は、システム構築サービスなどの付加価値サービスとともに「Google Cloud Platform」を提供するSIerやCIer、後者はBIなど「Google Cloud Platform」と連携した製品を提供するソフトベンダーなどが中心だ。日本では、とくにサービスパートナーが急激に増加しているという。
Googleは、IaaS/PaaS市場でもリーディングカンパニーを目指す構えだが、まずは、圧倒的なシェアを誇るAWSの有力な競合としての地位確立を狙う。塩入賢治・エンタープライズ部門クラウドプラットフォームセールススペシャリストは、「クラウドの世界はどんどん成熟してきているが、その規模にふさわしい選択肢がない。Googleは新たな選択肢を提示できると考えている。『App Engine』上で仮想マシンを動かす『Managed VMs』機能などによって、IaaSの柔軟性とPaaSの管理のしやすさをいいとこ取りするような使い方ができる。パフォーマンスやキャパシティの部分で、Googleのインフラのスケールでしか実現できない機能を提供しているのも、差異化の大きなポイント」と、サービスの強みを説明する。
ただし、日本での法人向けクラウドサービスの真価が問われるのは、これから。販路開拓が重要な命題で、まずはサービスパートナーの増強に努める方針だ。塩入セールススペシャリストは、「Googleのプラットフォーム商材の特性を理解したうえで、きちんとデリバリできるパートナーを増やしたい。これまでは、どちらかというと小規模でイノベーティブなITベンダーがサービスパートナーとして先行して活動していたが、ここにきて、大手SIerからも引き合いが増えている」と話し、強力なエコシステムの構築にも自信をみせている。